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ひとりぼっちゴッコ



「ねぇ、先生。俺って嫌な子かなぁ」


ぽつりと呟いた言葉に何を感じたのか、土井先生はとても変な顔をした。
その口から俺の名前が呼ばれる前に、俺は何時もの笑みを浮かべて、深い意味はないんスけどね、と先手を打つ。すると、土井先生は余計に可笑しな表情をした。

「今日、乱太郎としんべヱと一瞬に釣りに行ったんだ」

土井先生はただ、うん、と言った。だから俺はゆっくりと続きを話す。
こういう時、俺と土井先生は驚くほど似ていると思う。同じ血が流れていなくても、解り合えることは在るのだと考えると、何だか胸の辺りが締め付けられる感じがするのは何故だろう。

「ドクタマに会って、それで、父さんが遊んでくれないとか、逆に遊んでくれとかいうんだ、なんて聞いて…ちょっと苛ついた」

土井先生も俺も戦孤児だ。戦の世の中、俺たちみたいな子どもは珍しくないから、別に同情して欲しいとか、特別に対応して欲しいだとかは思わない。土井先生という保護者を得て、学校に通い、衣食住に困らない俺なんかはきっと恵まれた方なんだろう。下を数えたら切りがない。だけど、上がいることは確かなんだ。
乱太郎としんべヱとつるんでいても、差別の眼で見られることはないし、彼らの両親もとても良くしてくれる。そのことが、時折辛い。
しんべヱのパパさんが心配して南蛮から取り寄せた品々を送って来たとき、乱太郎が両親に会いたいとこっそりと泣いていたとき、俺はとても嫌な子になる。
心配してくれる親が欲しい。母の料理が恋しいと泣いてみたい。一緒に釣りがしてみたい。

「喧嘩出来る親が居るだけマシって思ったし、遊べるのは今だけなんだから、その時間を大切にするべきだと腹もたったよ、先生」

どう考えたって、親が先に逝くんだ。そりゃあ不慮の事故とかもあるかも知れないけど、年齢を考えたら。俺と土井先生だったら、どうしたって土井先生が先に逝く。そして、土井先生よりも山田先生が。

「俺には親がいないから」

知ってるんだ。言葉は武器になる。相手の心に疵をつける、鋭利な刃物に。そしてこの言葉もまた土井先生の心を疵つける。土井先生じゃどうしたって俺の本当の親にはなれないから。
解っていて、俺は敢えてこの言葉を選ぶのだ。

「…そうだな」
「先生にも、解るでしょ?」

山田先生は、土井先生に子どもの与えるような愛情を注いでくれるかも知れないけれど、それ以上にも以下にもなりはしない。
土井先生は、今日はもう部屋に戻ってこない山田先生の、何時もなら隣に布団が引いてあるはずの空間を見遣った。山田先生は今日は学園長の所用で、帰って来ない。だからこのタイミングで俺は土井先生を訪ねたのだ。
一緒に過ごす時間が長いからだろうか、それとも、本当の子どものように愛して欲しかったからだろうか、兎に角、俺は良く土井先生を見ていた。だから、気付いた。俺が土井先生に求めているものを、土井先生は山田先生に求めてる。いや、それ以上の何かを。

「俺たちは、ひとりぼっちでしかないんだ」

俺はそれが何だか悔しくて、でも愛されてないわけじゃないことも知ってるから複雑で。勿論、俺だって山田先生が好きだ。
土井先生は俺のお父さんのポジションに居るけれど、山田先生が介入するなら、山田先生の方が父親っぽい。どちらかと言えば、土井先生はお母さんだ。そう伝えたら、土井先生はどんな顔をするだろう。喜ぶのかも知れない。顔を真っ赤にして怒鳴りながら、満更でもなさそうな顔をするのだ。
家族ゴッコ。確かにその時はあたたかいかも知れないけど、終われば必ず淋しさが募るというのに。

「…でも、私は、それでもしあわせなんだよ、きり丸」

土井先生は微笑んだ。儚い、と表現すればいいのだろうか、淡く優しく微笑んだ。眼の前の俺を見ながら、脳裏には、きっとあの人。
結局俺たちは、傷の舐め合いだって出来ないんだ。
だけれど、それはそれで幸せなことに感じた。そのことで俺たちが泥沼に嵌まることはないからだ。俺たちは他人だけれど、家族なんだ。暖をとるために寄り添う人の群れ。子どもの俺には解らない大人の事情というものも在るのだろう。あぁ、胸が痛い。

「俺だって…幸せですよ」

同情や哀れみだとしても、土井先生の俺に対する愛情は無条件だ。山田先生の、俺たちに対する愛情も、無条件だ。甘やかしてくれる人がいる俺たちはしあわせなんだ。あぁ、胸が痛い。

「お前はいい子だよ」
「そう、かな」
「狡いのは、きっと私の方だ」

悔いと、それでも覚悟を含んだ響きに、俺はきゅうと唇を噛み締めた。土井先生の顔は、泣きそうに見えたけど、やっぱり笑っていた。俺は、土井先生の泣いた顔を見たことがない。
土井先生は俺たちの前じゃ絶対泣かない。大人のプライドだけでなく、きっと、気を許せないというのも在るのだろう。俺は、そっぽを向いて、必死に普通を装って声を出す。

「山田先生、早く帰ってくると良いですね」

慈しむような瞳が、すきだ。
知ってしまった温もりが愛しい。
俺たちは、もうそれを手離せないだろう。
決して越えられない境界線が在るとしても、気付かぬふりをしながら、線沿いを歩くのだとしても。

「そうだなぁ」

隣にないぬくもりが悲しい。
誰かに抱き締めて欲しいと思った。土井先生も同じ気持ちだろうか。そうなら、笑える。だから、早く帰ってきて、山田先生。そう広くないはずの部屋が、妙に寂しい。

「明日は、晴れかな」

俺は月を見上げながら、小さく呟いた。きっと、明日にはまた晴れやかに笑っていられるはずだから、だから今だけは。
俺はぐるぐると渦巻く想いに身を委ねて、そっと眼を閉じた。眼の奥がツンとしたけど、泣くまいと拳を握る。だけど、そんなこと、土井先生はお見通しだった。頭に、大きな掌の感触。心地好い温もりに、俺はとうとう涙を堪えられなくなった。
土井先生がしあわせになれればいい。みんなみんな、しあわせになれればいいのに。











End...
ひとりぼっちゴッコ
title*Gilles de Rais

キリ+半(→伝)。
与えられる者と与える者が対等でいられるか。
キリ丸は年の割に大人びた子だと思う。だけどやっぱり子どもなんだよ、というのが書きたかったんだけど…。これじゃ土井先生のが子ども…orz




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