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錆びたナイフを突き付けて



小平太は思うのだ。
言葉は、糸だ、鎖だ。相手を縛り絡めとる、鎖と代わり無いのだと。

「もーんじ!」

見慣れた背中を見付けて、既にパブロフの犬と化した反射で駆け出した。地を蹴り、そのままの勢いで背中に飛び付く。コンマ何秒かは耐えるものの、結局は文次郎は地に沈むのだ。毎度繰り返される代わり映えのないやり取りに、傍らに立つ仙蔵の表情は呆れ返っている。

「またか小平太。文次郎の脳細胞を何兆殺せば気がすむ、何れ目も当てられぬ事態を招くぞ」
「大丈夫だよ、文次郎は丈夫だもの。私と違ってバカでもないし」
「お前と比べられたら文次郎も泣くだろうな…。まぁ良い、私は先に行くぞ」

無情にも踵を返した仙蔵に、まだ小平太に押し潰されたまま文次郎は悪態をつく。結局、一度も文次郎に気遣いの言葉をかけることなく、仙蔵は次の教室へと向かってしまった。
小平太はそれを見送って、漸く文次郎の上からどき、顔を覗き込む。

「文次郎、さっきの仙ちゃんの言葉はどこに掛かるんだと思う?」
「そんなことよりも、まず俺に言うべき言葉があるだろう」

膝の泥を払って、文次郎はゆっくりと立ち上がる。それすらも何時もと何等変わらず、まるで同じ映像を繰り返し見ているような錯覚さえした。
次に言うべき言葉も、文次郎が返すだろう台詞も解っている。

「うん、ごめんね」

そう言えば、文次郎は気を付けろって言うんだ。

「次は気を付けろよ」

ほらね。小平太はなんだかそれがとても面白いことに思えて、くつくつと笑った。
繰り返しなんかじゃないって、知っているはずなのに、退屈ばかり探して、同じことばかり見付けては溜め息を吐いている私たちは、とても可笑しなイキモノなんじゃないだろうか。
小平太は不思議そうに自分を見詰める文次郎を見るために、呼吸を整える。
文次郎は小平太と違う。それは決定的だ。
小平太はゆるりと瞬いて、文次郎を見詰め、そして大きく笑った。

「好きだよ文次郎」

ふざけるな、と文次郎は言わない。文次郎は伝えない。小平太は思ったままを口に出すが、文次郎は10の内7を自己完結させてしまう。それは決定的な違いなのだ。そして、小平太はそれが楽しい。

「好きなんだよね」
「…いつも、言うな」
「だって、言いたいときに言わなきゃ伝わらないじゃない。伝えなきゃ、言葉の意味がないもの」

また笑った小平太に、文次郎は困ったように微笑んだ。


「私は、文次郎が好きだ」


ねぇ、いつか。
ずっとずっときみが好きだと伝えたならば、がんじがらめになって身動きが取れなくなって。
そしたら私を好きだと返してくれないかな。







錆びたナイフを突き付けて
title*ruinous669
拍手Aこへともんじ

小平太は思ったら真っ直ぐに伝えるタイプ。良くも、悪くも。





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あきゅろす。
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