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何かを失くして大人になるのだ


以下、伊作と食満の現代パラレルっぽいもの。
「肯定を叫べ」と同じ設定です。









「はい、」



そっと机の上に置かれた黄色い小さなクーラーボックスを見て、留三郎はそれを凝視してから、ゆっくりと瞬いた。
黄色い下地に、一部だけをピンクで染め、カエルの絵柄が描かれているそれは、この前に「伊作セット」として彼に差し入れたものであったはずだ。
留三郎はその取っ手を掴み、くるりと回して、また元の位置に戻す。そしてまた瞬く。間違えようがない。同じものだ、と、思う。
ここで留三郎が"そうだ"と断言できないのは、それが量産されたものであり、もし傷や汚れがあったとしても、その位置や形状を事細かに覚えていなかったからである。
おざなりにありがとうと返すものの、留三郎は状況を理解できていなかった。もし伊作が某カエルが好みでなかったとしても、こんな風に返す人間だとは思えなかった。それは留三郎の一方的な主観であったが、それが強ち間違いでないことを知っていた。
その証拠に、ボックスは空気だけにしては少々重い。まさかプリンやポッキーまで入っているのか、と危惧をするも、プリンはとっくに賞味期限が切れているだろうし、伊作がそういった無駄なことをしないだろうことも解っていた。
留三郎は白いチャックを、まるでそれが爆弾であるかのように慎重に開けていく。蓋を開ければ、眼に飛び込んできたのは複雑な機械部品などではなかった。

「…フルーツサンド?」

少し間の抜けた声だったかも知れない、と思うが今更だ。それを確証するように、伊作が淡く微笑んだ。勝ち誇ったような、誇らしげな笑みにも見える。

「昨日の夜、頑張って作ったんだ」
「へぇ…、作ったのか、お前が」
「そうだよ。本当はもっと詰めようと思ったんだけどね、あんまりにも作りすぎちゃったから」

伊作の言葉に、留三郎はボックスの中を覗く。中にはサランラップにくるまれた、たくさんのフルーツサンドが所狭しと詰められている。一人分には、すこし十分すぎるほどだ。これ以上詰めようとしたという彼は、いったいどれくらいの量を拵えたというのだろうか。

「作ったのか」

留三郎はもう一度繰り返した。別に事実確認をしたかったわけではない。ただ、何となく、声に出したかっただけだ。
伊作は一度不思議そうな表情をしたが、その後、ふふ、と笑う。伊作は、留三郎がこういった「時間の無駄遣い」をすることが癖のようなものだと知っていたのだ。

「生クリームもね、たくさん作りすぎたから、半分くらい舐めちゃった」

その言葉に留三郎は思わず顔を顰めた。想像するだけでも胃が重くなる。
こういった時、留三郎は伊作との好みの違いを再認識する。留三郎もチョコレートのような甘いものはとても好きだったが、伊作のように主食をそれだけで済ませるようなことは出来なかった。ケーキも、ワンカットで十分だ。
伊作は留三郎の表情が面白かったのか、口元を歪ませた。今にも吹き出しそうな顔で、そのタイミングを見計らっているようでもある。
彼の手にある某白いクマのパッケージのイチゴ・オレが、手が震えるたびに音を立てた。

「ん、サンキュな。後でみんなで食うわ」
「うん、それをどうするかは留さんが決めてよ」

伊作はそういって、涼しげな顔で、ストローを食む。
そして、隣でがさがさとサランラップを開いている留三郎を横目で見ながら、口端を上げた。


「留三郎、誕生日おめでとう」


留三郎は手を止め、そして照れくさそうにありがとうと返す。
次の授業が始まるまで、あと2分を切った。








080929 伊作+留三郎

実は誕生日だった件について←
15分くらいかけて書いたはなし。



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あきゅろす。
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