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日常に出来た波紋


髪を弄るのは好きだった。
僕の手によって、形が作られていくのも楽しかったし、きっと僕に髪結いというものが向いていたんだと思う。
カリスマと呼ばれる程の父も尊敬している。だから、本当は、髪結いではなく忍者なのだと明かされた時、僕は驚くと同時に、腹がたった。何でかは、自分でも解らない。ただ、ほんの少しだけだけど、裏切られたと思ったのかも知れない。
それから僕は、忍術学園に通っている。何から何まで新しいことだらけで、僕は新鮮な毎日を過ごしていた。覚えることがありすぎて大変だけど、それなりに楽しい時間を過ごしている。
学力的には1年生以下なのに、年齢的には6年生と同じだから、僕は今、4年生のクラスにいる。とても個性的な学年の、僕は一員になった。

「あ、タカ丸さん」

呼ばれて振り返れば、少し癖の入った茶色の髪をした田村三木ヱ門くんが、毛先を指先で弄りながら歩いてくるのが見えた。
なあに、と返せば、毛先が痛んできたので切ってください、と返ってくる。
傷んだ髪をそのままにしておくのは僕も反対なので、二つ返事で承諾した。
こんな風に、僕に髪を切ってくれと言ってくる生徒は少なくない。けれど、決して多いわけじゃない。急に忍術学園に編入してきた髪結いに、みんなは多分、戸惑っているんだろう。
店に居たときに比べて、僕が髪を触れる回数は格段に減った。腕を磨くにも、忍術の勉強が忙しくて蔑ろになりがちだったし、どんなに新しいことを試みても、専門的な目線から評価をしてくれる父は此処には居ない。
最近、気付けばこんなことばかりを考えている。もしかしたら僕は淋しいのかも知れない。

「三木ヱ門くんは、すごいねぇ」

パサリと大きな布を下に引いて、手拭いを首に巻く。縛り紐を解けば、バサリと広がった。彼の髪は多いし、固くて癖がある。下手に鋏を入れてしまうと、あとで収集がつかなくなってしまう。さて、とうしようかな。

「何がです?」

振り向こうとするから、首に手を添えて前を向かせる。揃えるだけで、いいかな。

「乱太郎たちもだけど、家から離れて、ずっと勉強してるんだもん」
「凄い…のかな、それが僕らにとって当たり前のことだから、良く解りません」
「じゃあ、僕が甘ったれなんだね」

ふふっと笑えば、三木ヱ門くんは小さく首を傾げたようだった。急に動くから、ちょっと長く切りすぎちゃったよ。

「動かないでね」
「あ、すいません」

三木ヱ門くんの答えはいつも短く、簡潔だ。他の人たちと話している時はそうでもないから、僕のために言葉を選んでくれているのだと思う。ほら、やっぱり凄い。

「…私は、タカ丸さんの方が凄いと思うけどな」

思わぬ台詞だったから、つい指に変な力が入ってしまった。ジャキンとはっきりと嫌な音がして、僕はポカンと口を開けた。僕が何だって?

「だってそうじゃないですか。私には忍者になるのだということしかなくて、それだけしか勉強していないけれど、タカ丸さんは今まで髪結いの勉強をしてきて、更に忍者の勉強もしようとしてる」
「でも、どっちも中途半端だって思わない?」
「中途半端で終わらせようとしていないことは知っていますから」

さらりと言って、三木ヱ門くんは笑ったようだった。毛先が宙で揺れている。
そうかなぁ…、と自信無さげに呟けば、そうですよと返ってくる。

「…僕が4年にいても、迷惑じゃない?」
「何でそう思うんです?」
「解ってるくせに」

拗ねたように漏らせば、彼は僕を振り返る。鋏をあててなくて良かった。

「みんな、喜んでますよ。どうしたって学園は閉鎖的ですから。
…タカ丸さんの存在は、まるで水面に投げ込まれたばかりの小石のようなものです。初めは波紋が広がり平静は殺がれますが、それでもやがて元に戻る。投げ込まれた小石は、まるで初めからそこにあったように溶け込みます」

そんなものですよ。それだけ言って、彼はまた前を向く。何時も彼は前を向いている気がした。僕はもう一度、口の中でそうかなぁ、と呟く。
周りからみたら、僕が忍術になりたい理由はふざけたものに思えるかも知れない。でも僕は至って真面目だし、本気で考えてることなんだ。
初めは僕自身と、何人かの先生と、父さんだけが解ってくれればいいって思っていたけど、現実はそんなに甘くはなくて、僕はとても悲しかった。

「…ありがとう、三木ヱ門くん」

小さな声だったけど、彼はちゃんと拾ってくれたみたいだった。









日常に出来た波紋

タカ丸と三木ヱ門。他の四年生は書きにくい。




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