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身投げして慟哭


(羨ま、しい)

ふと浮かんだ言葉は、思ったよりもすんなりと、そしてずっと重く心の隅に落ちていった。






[蒼穹に、磔刑]





文次郎は思っていたよりもずっと悪かった点数の書かれた紙を、凝視しながら歩いていた。気持ちが沈んでいるのが解って、思わず溜め息を吐く。前日も、その前の日も、――毎日鍛錬を積んでいるのに、この体たらく。情けなくなる。
自分は要領が悪いのだろうか、それともまだ鍛錬が足りないのだろうか。考えて、足を止めた。その目の前を、残像を残しながらバレーボールが通過していく。文次郎は空を切ったボールを呆然と眺めた。

「悪い、大丈夫か?」

大丈夫って聞くのも変だけどなーと、小平太がボールを拾いながらカラカラと笑った。今回はボールは無事だったようだ。文次郎は怒鳴ろうとしたが言葉が出てこず、2、3度口を開閉すると、持っていた紙を握り潰して頷いた。何故か、酷く狼狽えている自分が居るのを、文次郎は他人事のように認識していた。

「…モンジ?
 ――あ、それ一昨日の試験の結果!?」

小平太は何も言い返さない文次郎を怪訝な顔をして覗き込もうとして、止めた。見覚えのある用紙に眼がいったからだ。自分も一昨日受けた試験結果を返されたばかりだったから、文次郎の成績に興味を持った。成績を隠すような仲ではないということも手伝って、小平太は臆すことなくすんなりと手を伸ばす。

「みーせて!!」
「――…っ!ちょ、こへい」

私はなんと、満点だったよ。言いながら、止める間もなく、小平太は文次郎の手から成績書を奪い取っていた。紙を広げた小平太の笑みが固まるのを見て、文次郎は胸のしこりの存在を再確認する。
何時も時刻に関係なく遊ぼうと他人を誘って、始終にこにこと何も考えてなさそうなのに、小平太の成績は悪くない。それどころか、興味が少しでもあるものならば、何でもそつなくこなしてしまう。彼の身体能力は天性のものだ。彼はきっと、もし分類するならば天才というカテゴリに含まれるだろう。それに比べて文次郎は余りにも凡庸だった。だから、己を厳しく律し、毎日の鍛錬も怠らずにいるというのに、平凡の域を出られない。寧ろ、足掻けば足掻くほど、その差は広がっている気さえした。どんなに頑張っても秀才止まりなのだ。いや、その域にすら届いていないのかも知れない。文次郎は言葉に詰まった小平太の顔をぼんやりと見詰めた。彼が自分よりもクラスが低いのは、その気分のムラが激しいからだろう。

「――あ、いや…」

ポリポリと頭を掻いて困り顔の小平太に、文次郎は何だよ、不機嫌な声を上げた。今更に、制止を振り切ったことを後悔しているような表情が、更に文次郎の蟠りを大きくしていく。
努力をして力をつければつけるほど、他人の眼は上部だけを見るようになった。文次郎は"忍者バカ"で、本人もそれは否定はしないが、いつの間にか"秀才"という有り難いのかそうでないのか、良く解らないレッテルを貼られてしまっていた。大して気にもかけていなかったが、こんな時、ハッキリと意識してしまうのだ。天才と秀才の違いを。同じような意味だが、言葉を違えるだけ、意味は異なる。

「言いたいことがあるならハッキリ言えよ」
「いや、あのね、文次郎」

記述はほほ満点だったにも関わらず、実技の点数は酷かった。その理由を、小平太は知っていた。力みすぎなのだ。
やる気が空回りしている、という印象が拭えない。
小平太は、時折暑苦しくも感じる文次郎の鍛錬癖を、快く思っていた。誘えば訓練と称した遊びにものってくれるし―しかし文次郎の方は、いつでも鍛錬に結び付けてしまうのだが―、常に全力投球なのは、いっそすがすがしい。決済の時期になればお互い必死で、何でもありのデスマッチと化すことも少なくなく、腹がたつことも多々あるが、良い友人だと思っている。だから、文次郎がそのポジティブな思考の裏に、自虐的ともとれる非常に暗い思考を持ち続けていることが悲しいのだ。小平太とて、決して楽観主義者という訳ではない。ただ、前を向きたいと、向いていたいと思っているだけだ。楽しいことばかりではないことを、身をもってしっている。痛いことも苦しいことも多い。それを何とか乗りきれたのは、仲間がいて、助けてくれたからだと思っている。いや、実際そうなのだが。

「私はね、文次郎」

文次郎の視線は何時も真摯だ。良くも悪くも、文次郎は真っ直ぐだ。

「文次郎が頑張っているのを知ってるから」

だからね、と小平太はにかりと笑ってみせた。つられて笑ってくれるなら、どんな可笑しな表情でもしてみせる。

「大丈夫だよ、焦らないで。文次郎は自分のペースで進めばいい。他の奴等が何と言おうと、私は文次郎が頑張ってるのを解ってるからね」

バレーボールを脇に抱えて、小平太は文次郎に答案用紙を返した。どさくさに紛れて手を握れば、文次郎は苦笑いをして、阿呆、と溢す。文次郎の表情が弛んだのが嬉しくて、小平太は笑みを広げた。

「…悪かったな」
「違うよ文次郎!」

私がただ、文次郎に知って欲しかっただけなんだ、と返す小平太に改めて感謝しながら、文次郎は眩しそうに眼を細めた。
何時も何時も何時も、己との戦いに敗れそうになるときに助けてくれる仲間がいる。文次郎を理解しようとしてくれる、友達がいる。
文次郎は時折それが歯痒くなる。今は、いい。だが学園を卒業した後はどうなる。馴れ合いは命取りになるだろう。小平太とも、こうやって談笑することすらなくなるに違いない。そう考えると、何だかとても切なくなった。

「…文次郎?」
「いや、…ありがとうな」

このぬるま湯が心地好いから、余計に苦しい。身が引き千切られそうになるほどに。


「ありがとう」


だから、今くらいは笑っていようと。そう思って、文次郎は苦く微笑んだ。









END...
title*命知らず

なかなか進まなかったのを無理矢理終わらせたら…考えてたのと違うものになったような…oyz
卑屈な文次郎と前向き小平太…になってしまった←





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