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永遠を駆け抜ける一瞬の僕ら

チカチカとする電灯を見上げながら、土井半助は布団に寝転んでいた。
駅から徒歩10分で陽当たりのあまりよくないアパートが半助の住まいだ。この立地条件なので、家賃は安い。だが、不満に思ったことはなかった。二階の一番奥の部屋なのだが、隣人は仕事で忙しいのか滅多に帰って来ることはないし、帰って来てもまた直ぐに出掛けて行ってしまう。だが、変に律儀で、半助は何もしていないというのに土産を渡してくれたりする。
蛍光灯を眼に悪いと思いながらも変えないのは、金がないせいもあるが、単に面倒くさいからだ。この狭い部屋に誰が来るわけでもなし、と怠惰を正論化して、半助はゆっくりと眼を閉じた。

「すいませーん、」

頭上から、小さくもはっきりとした、子どもの声。聞こえたのは確かに声であった。半助以外誰もいない部屋だ。幾ら安いアパートとはいえ、壁は比較的しっかりしていて隣人の声が聞こえることも少ない。だから、可笑しい。半助は素早く上体を起こす。そして固まった。眼の前に立っていたのは、眼鏡をかけた癖っ毛の少年だった。
こんにちは、と子どもは礼儀正しくお辞儀をしてみせた。それにつられて半助も頭を下げ、呆然と少年を見詰めた。
白い布地に黒いストライプのTシャツに、デニムの半ズボンを履いている。見知らぬ子だ。記憶を辿ってみても、やはり覚えはない。
鍵は閉まっていたはずなのに一体何処から入ったのだろう。それに、親は何をしているのだ、こんな子どもを放って。そんな半助の心中など知らぬように、少年はポケットからB5サイズの折り畳まれた紙を取り出した。そして読み出す。

「えー、土井半助さん、25歳ですよね」
「えっ」
「あれっ違いました!?」

少年の驚きように、思わず合ってるけど!と答えてしまう。それに良かったぁ、と少年は胸を撫で下ろすが、半助にしたら良くはないことだ。個人情報保護法はどうしたんだ!と心中で叫ぶ。


「実は私、あなたをしあわせにしにきました」




[何でもない日常に見つけたもの]



少年の言葉に再び固まってしまった半助を、一体誰が責められるというのだろうか。半助はまじまじと少年を見詰めた。凝視したといってもいい。少年の頭に輪っかもなければ背中に羽も見あたらない。もし見えたとしても、疲れているのだろうの一言で済ますに違いないが、それでも半助は確認せずにはいられなかった。

「あー、きみ、何処から来たの?一人?お母さんは?迷子なのかい?」
「私の名前は乱太郎です。此処からずっと離れた国からやってきました。迷子ではありません、これは試験なんです」
「試験?」
「そうです」

そういって少年―乱太郎は自慢げに胸を張る。

「これは、私たち”守護者(ガーディアン)”の昇級試験なんです。私はまだグレードがZero、つまりナンバーを持たない者ですが、これに合格すればuneに昇級でき、新しいことを学ぶことができるんです」

きらきらとした瞳で乱太郎は続ける。

「そして土井半助さん、あなたを幸せにすることが私の試験なんですよ!」

それを聞きながら、半助は随分曖昧な試験内容なんだな、と思った。自分の身に起こっていることとは思えない。あまりにも現実味がなかったのである。乱太郎が目の前にいてもなお、半助は状況を正確に判断することを拒んでいた。
チカチカと点滅する電灯の下に子どもと二人で向かい合っている姿は端から見れば滑稽でしかないだろう。蛍光灯の点滅が、何故か危険信号に似ていると頭の片隅で思った。

「幸せって…」

半助が口を開きかけた時、突然窓が開き、突風が起こった。あまりの勢いに眼が開けていられず、きつく眼を瞑る。乱太郎!!と大きな怒鳴り声が聞こえたと思ったら、ポカリと小気味よい音が耳に届いた。眼を恐る恐る開いてみれば、長い黒髪を頭上で結っている、年は乱太郎と同じくらいのまたまた少年が拳を震わせながら立っていた。乱太郎は蹲り頭を押さえている。

「酷いよきり丸!急に叩くなんて!!」
「お前喋っただろ!試験内容を当人に喋っちゃいけないって山田先生が言ってただろ!!!」
「―っあぁ――――――――!!!!!」

完璧に忘れていたのだろう。先程までの乱太郎の顔を思い出して半助は引きつった笑みを浮かべた。これでは試験失格になってしまうのではないだろうか。
どうしようきりちゃん!!悲痛な叫び声を上げるものの、同学年のきり丸にどうこうできる問題でもない気がした半助は、きり丸に話しかけてみることにした。別に、良い案があるわけでもないが、突然部屋に現れて大騒ぎをされているのだ、事情くらいは聞いてもバチは当たらないだろう。

「あー、きり丸、くん?」
「あ、呼び捨てで構わないっすよ、土井半助さん」
「そう?じゃあ、きり丸。どういうことなのか詳しく教えてくれないか?」
「あげない」
「へ」

腕を組んでぷいっとそっぽを向いたキリ丸に、半助は間の抜けた声を上げてしまった。その横で乱太郎が苦笑いしながら頬を掻く。そしてそっと半助に耳打ちした。

「きり丸は超がつくほどのドケチなんです。だから、くれとか頂戴とか、いっちゃだめなの」

どんな子どもだよ、と肩を落とすも、半助は気を取り直してキリ丸に再度訊ねる。

「詳しいことを、君に話させてあげよう」
「はぁーい!」

解りましたぁ☆と、先程の態度から180度変わった明るい声で、とても良い返事をしたきり丸がこほん、と咳払いをして話し始める。個性的な子どもたちだ、と、半助は半ば感心してしまった。

「えー、俺ら守護者のナンバーは、zero(0)からVingt(ヴァン/20)まであるんスよ。1年がune(アン/1)、2年がdue(ドゥ/2)、そして6年six(シス/6)まではグレードは一ずつしか上がらないけど、6年を超えたらその実力に合わせてグレードは上がっていくんです。俺らの先生はVingt(20)だし、20しかないっていうのに、学園長はそれ以上とかいう噂もある。というか、俺の意見を言わせてもらえば、Vingtっていってもピンからキリまであるって感じだから、学園長が山田先生以上でも驚かないかな。寧ろそれ以上の階級を作ればいいのにって感じ。あ、別に山田先生のレベルが低いって言ってるわけじゃないですよ?あの先生、結構凄いんだから。
…で、俺らはまだグレードzeroなんで、これはuneに上がる為の…所謂入学試験みたいなもんなんですよ」

なのにこいつ、ルールを忘れて喋っちまうんだもん。
これ見よがしに溜め息を吐いて乱太郎を見るきり丸の瞳は、口で言うほど剣呑ではなかった。どちらかと言えば柔らかく、彼らの友情の深さを垣間見た気がして、半助の顔が微かに綻ぶ。子どもは嫌いではない。嫌いではないか、少しだけ、苦手だ。

「土井半助さん、聞かなかったことにしてくれません?」
「おいおい、ここまで話しておいてか?」
「ここまで話したからですよ。乱太郎が試験に受かるように協力してよ」

きり丸の瞳は真剣で、視線を移した先の乱太郎も同じ瞳をしていた。半助にはない真摯な想いに、気圧されるように口を開いた。しかし、すぐに閉じる。
半助は今まで子どもと積極的に関わったことはない。更に突き詰めて言うならば、数名を除いて、他の誰とも深い付き合いをしたことがなかった。それは半助の生い立ちに問題が有るのだが、それを知るものは片手の指で余るほどしかいない。
そうやって生きてきたのに、何故今更こんな奇妙な子どもたちと長く関わらなければならない。ぐるぐると、錆び付いた想いが腹の中で渦巻く。
決して広くない部屋を支配した重い沈黙を破ったのは、高い子どもの声だった。

「乱太郎、きり丸ー、大丈夫ぅ?」

半助は渦巻く感情も忘れ、唖然とその子どもを見る。小さいが大きい、そんな感想を持った子どもを、乱太郎はしんべヱ!と驚いたように呼んだ。

「良く此処が解ったね、しんべヱ」
「きり丸が僕を置いて行っちゃうから、僕、一度学園に戻ったんだ」
「え?…にしては速くない?」

しんべヱは見掛け通り、駆け足は速くない。余談であるが、乱太郎は今回入学試験を受けている子どもたちの中で一番足が速く、本人もそれが自慢である。

「勿論、先生に連れてきてもらったんだよー」

しんべヱが振り返る間もなく、現れたのは男であった。
年は四十を超えているだろうか。精悍な顔付きに、纏う空気はまた鋭い。漆黒の髪はきり丸と同じように高い位置で結ってある。背は半助よりも若干低いが、つり上がった眼に、厳格な顔付きのためか、然程低いとは思わない。
山田先生、と、乱太郎が男を呼んだ。

「乱太郎、お前なぁ…」

第一声は、半助が想像していたよりもずっと柔らかで呆れたような口調であった。特徴的な口髭が喋る度に上下する。

「先生ぇー、どうしましょう…」

情けない声で乱太郎が男―山田先生、とやらにしがみつく。
男は盛大に溜め息を吐いて、半助を見た。ただ見られただけだというのに体か竦む思いがした。

「突然申し訳ない。私はこの子らの担任になる予定の山田伝蔵と申す者、以後お見知り置きを」
「はぁ…」
「喋ってしまったことは仕方ない。後で減点をするとして、乱太郎には試験を続けさせる。
 …あなたにはご迷惑かとは思いますが、付き合っていただきます」

有無を言わせぬ強い物言いに、半助は眉を顰める。しかし、次いで深々と頭を下げられ、何も言えなくなってしまった。

「乱太郎、きり丸たちとルールを確認して、準備が出来たら言いなさい」
「はいっ」

姿勢を正して返事をした乱太郎に微笑して、山田伝蔵はさて、と半助に向き合った。

「あの子たちはあなたに何処まで話しましたかな」
「試験で私を幸せにするとか、グレードがあるガーディアンだとか…」
「あぁ…大体あってますよ。一応乱太郎も勉強はしたみたいだな」

妙なところで納得したように伝蔵は顎に手をあてて、顎髭を弄る。

「まるで空絵事ですよ。貴方までそんなことをいうのですか?」
「まぁ、信じられんことも無理はない」
「信じられるとか信じられないとかそういう次元ではない気がしますが…」
「普通なら、そんな反応を返すでしょうね」

同情にも似た表情に、半助は口を引き結ぶ。半助はそういった表情が好きではなかった。それに気付いたのか、伝蔵は瞳を和らげ、右手を上げた。
半助の目の前を通過し、伝蔵の人差し指が蛍光灯を指せば、蛍光灯はまるで何もなかったかのように煌々と点っていた。半助は口を開けたまま天井を見上げる。伝蔵は蛍光灯に触れてもいないし、見てすらいない。それなのに、これは伝蔵のやったことなのだと解った。半助は間の抜けた顔のまま、視線をおろし伝蔵を見た。

「解って頂けたかな?我々は人であり、また人からは逸脱するものなのだよ」

半助はゆるりと頷く。
理解したのは、男と子どもたちが半助の常識を打ち破る存在であることと、今までの平凡でつまらない日常に変容をもたらす存在だということだった。















End...
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現パロを書きたかったのに何故かパラレルになってしまった←
何か続ける気がしないのでこれは此処で打ち切りということで。終わりですよ。





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あきゅろす。
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