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些事に一匙優しさを

いつものように好きなように塹壕を掘っていたら思ってたよりも立派なものが出来て少し満足したので綾部は小さな石の目印を置いて休憩することにした。
木の上で幹に体を預け手のひらに付着した泥を同じく泥に汚れた袴で軽く落とす。膝に肘をついて上から目印をぼんやりと眺めていると、ふらふらと綾部のいる木に近付く影があった。その人は目印の傍を覚束ない足取りでやり過ごし綾部に気付くことなく根元に腰を下ろした。
常ならば、気にせず木の上でしばらく過ごすか、もしくはそんな相手の心情を気にせず普通に登場しそして去るかするのだが。
そのどちらもしなかったのはその四年の髪色が金に近い淡い茶色だったからだ。
学年のアイドルとやらを自称してる三木ヱ門にしては珍しく薄汚れた格好でうずくまっている。震える肩と聞こえてきた嗚咽にどうやら泣いているようだと気がついた。
どうせ涙の理由は多分に自分の同級生なのだろうけれど、取り立てて庇いたてる気も慰める気もなかった。二人とも自尊心ばかり高くよくぶつかり合うのをよく飽きないなぁと綾部は毎回飽きもせず傍観していた。
またいつものことだと、ようやく嗚咽が聞こえなくなったところで彼の項に視線を移した。あれだけ涙を流して枯れてしまわないのだろうかと綾部は内心首を傾げたが、泣きすぎて涙が枯れたという話は聞いたことがないからきっと大丈夫なのだろう。
自惚れが強い自信満々な顔か同じく自惚れが強い同級生に対しての怒りに歪んだ顔をしているのが常の彼は、今そのどちらでもない表情を浮かべているに違いない。そこまで考えてぞわり、と腹の底から鳩尾のところまで何かが這い上がってきた気がしたが気付かない振りをして枝から三木ヱ門のすぐ傍目掛けて飛び降りた。
気配を隠そうともしないそれに流石に気付いたのか綾部の足元でざり、と擦れる音がするかしないかのところで三木ヱ門は弾かれたように顔を上げた。
視線が合う。
三木ヱ門の目も目元も鼻もすっかり赤くなってしまっていて綾部はいつしか見た兎を思い出した。染まった頬は怒りか羞恥か。見られたことと気付かなかったことに対してか、未だに治まらぬ同級生への悔しさか。綾部はそれこそ何を今更と思う。
しばらく見つめ合う形になっていたが、三木ヱ門はそれに耐えられなかったのか何の用だ、と目をつり上げたまま濡れた声で尋ねた。
私が先に木の上にいたというのにとんだ言い種だ、と思ったことをそのままに言い返せば、ぐっと喉を鳴らして言葉に詰まったがすぐに用がないなら構うなあっちに行けよと可愛くないことを言った。
睫を濡らしている滴に触れようと彼の傍らに膝をつき手を伸ばせば驚いたように数度瞬いて、その拍子に目尻に溜まっていた涙が頬を伝った。その軌跡を逆に親指の腹でなぞり、手のひらで頬を包み目尻を拭った。
髪色と同じく色素の薄い瞳をじっと覗きこむようにして何故泣いているのと聞こうとして、口から出たのは泣いてるねぇという言葉だった。驚いたのは綾部だけではない。な、と三木ヱ門は声を発して、しかしそれ以上言葉が出てこなかったのか顔を赤くして口をぱくぱくとしていた。それは池にいる鯉を彷彿とさせたが口にはしなかった。
はっと我に返ったのか三木ヱ門はごしごしと目元を擦り綾部を睨み付けると泣いてない、と言った。自然と振り払われる形になったが綾部は表情こそ変えなかった。
涙を見てないと百歩譲るにしてもそんな鼻声では説得力は皆無である。綾部はふうん、そうなのと淡々と返したがそれが勘に触ったのかきっと睨まれた。
そのまま立ち上がって去ろうとする三木ヱ門の背中を見て、あ、と口の中でだけ呟いた。
腕を取ろうか迷い、その間に三木ヱ門は手の届かない場所に行ってしまった。しかし綾部は名前を呼んだ。
三木ヱ門は歩きながら何だ、と言い振り返り、声を引きずるようにして視界から消えた。
衝撃音。遅れて怒声が聞こえてきた。今度も目印に気がつかず通り過ぎようとしたらしい。あーあ、やっぱりと面倒くさく思い綾部は口を尖らせた。
常ならば誰が泣こうが構わない綾部がこうやって、接し方は置いとくにしろ、構おうとするのはある程度近しいと判断した人間だけだと三木ヱ門は気付いているだろうか。まあいいや、と綾部は立ち上がり三木ヱ門の落ちた穴に歩みよる。
綾部は三木ヱ門の意識が自分に集中したことに僅かに頬を緩めておやまぁ何で落ちるの、と穴の中を覗き込み声をかけた。
更に三木ヱ門が怒ったのは言うまでもない。






綾部+三木ヱ門(081010)

綾部はミキティに少しだけ甘いと嬉しいという思いを形にした結果。マイペースあやべ。
しかしおそらくミキティより滝夜叉丸との方が近い(優しくなくても)。


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あきゅろす。
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