夢との狭間
ねぇ、父さん。
呼びかけた声が思ったよりも部屋に響いて、タカ丸は少し驚く。
もうすっかりと夜は更け、街は静まりかえっている。
そんな中、静寂を破った自分の声がとても無粋に思えて、少しだけ眉を寄せた。
こんなにも音に敏感ではなかったはずだ。忍者の学校に入って、自分は少し変わったらしい。
「どうしたタカ丸」
それでも、父の声はいつも変わりなくあたたかい。耳に心地よく届く、と思うのは別に錯覚でも何でもないのだろう。タカ丸にとってそれは事実でしかない。
「あのね、僕が忍者になれたら、どうするの?」
「なれたらなんて、随分弱気なんだな」
タカ丸に向けられているのは相変わらず背中であったが、タカ丸は父が口元で笑ったことを雰囲気で捉えていた。
「そりゃあ、成る気でいるよ。でも、僕の目標はやっぱり髪結いだから」
「うん?」
「髪結いも出来る忍者じゃなくて、忍者も出来る髪結いになりたいんだ」
ねぇ、父さん。
タカ丸はまたその背中に呼びかけた。
今、学園は秋休みで閉まっている。一週間だけだが、久しぶりの我が家なのだ。
幸隆のような有名な髪結いともなれば噂はよく聞くし、名前も良く聞く。しかしそれだけだ。
顔も見えないし話も出来ない。姿を思い浮かべることが出来ても、結局はそれは偶像でしかない。
今、確かに話しをしているのに、顔が見えないのが寂しい。
「僕が一人前になったら、父さんと一緒に店に立ちたいな」
ようやく、視界の中の幸隆が、タカ丸を振り返る。
いつもの涼しい表情であったが、その瞳は柔らかい。それだけでタカ丸はどこか満たされた気持ちになる。
「お前なら、出来るだろう」
「え?」
「努力をする子だから、必ず叶うときが来ると、私は知っているよ」
タカ丸はその言葉が、直接胸に響くのを感じた。あたたかな何かが、まるで湧き水のように溢れ出てくる、そんな感覚だ。
つい、タカ丸は既に引かれた布団の上で、枕に顔を埋めた。
言葉に出来ない感情が、怒濤のように押し寄せてくる。鼻の奥が、ツンと熱を持った。
父の言葉は絶対だ。努力すれば必ず叶うときが来るのだと言ったのも父だった。それは幼いタカ丸にとって、一種の神の天啓のようなものでもあった。それからその言葉を守って努力を怠らなかったし、それは着実に実を結んでいるのだと思う。だけれど、こんなにも遠い。
(僕は、まだまだ一人前の髪結いにも忍者にもなれていない。結局どっちつかずの中途半端だ)
それでも父が、言うのだ、大丈夫だと。それが嬉しくて、タカ丸は顔を埋めたままこっそりと泣いた。
幸隆は黙ってタカ丸の傍によると、そっと優しく布団を掛けてやる。
行灯の明かりが、一瞬強く燃え上がって、消えた。
斉藤親子(080920)
斉藤親子すきだ。山田親子もすきだ。幸隆さんの口調が解らない←
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