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喪失との相殺



父が傷を負った。
その一報を受け取ったのは、学園からそう遠くない山の中だった。
利吉は文を握り締めると弾かれるように走り出した。こんな知らせがくるくらいだから、もしかしたら怪我の具合が悪いのかも知れない。しかし、その一方で、何ともないのかも知れないという思いもあった。
利吉の父が―山田伝蔵は、忍だが、今は第一線を退き、学園で教鞭をとっている。学園長の所用で学園を離れたとしても、それほど危険はないだろうと高をくくっていたのは否めない。
だから。入門表にサインをしなくても咎められることなくすんなりと中に入れた違和感。そして、学園に似つかわしくない静寂、それに鉄の臭い…。

「――っ…父上っ」

まさかまさかまさか。あの父に限ってそんことは!
らしくなく、気分が悪くなるほどの焦燥感とともに部屋へと駆け込み、そして、眼を疑った。
閉めきられた室内には、吐き気を催すほど血の臭いが充満し、本来白いはずの包帯は真っ赤に染まり、ひいた布団さえ白い面積の方が少ない。相当の出血量だということが解る。辛うじて上下する胸が、生存の証であるかのように利吉の眼に映った。


「父上!!」


悲鳴のような自分の声に狼狽える暇もなく、もう一つの違和感に気付く。腕が。父の左腕がない。肘より少し上の辺りから、在るべきものがなかった。
あの、温かく大きな掌が。
くらり、と。感じたのは目眩にも似た怒りだった。腕を奪われた父にではなく、自分へのぬくもりを奪った、顔も知らぬ相手に、殺気さえ覚えた。わなわなと震えた拳は、恐怖からではない。喪う覚悟はいつもしていたはずだった。しかし土壇場になって、いつもそれは覆される。

「父上、解りますか。利吉です」

脂汗の浮いた顔にかかる髪を、そっと払った。薬の効きにくい体は、こういった時に不便だ。痛みをただ堪えるしかない。
喪わせるものか。
残る右手を握り締めて、利吉は静かに瞬いた。







山田親子(080804)

いつかこんな話を書いてみたい。
ちなみに。利吉は伝蔵の左腕を取り返しに単身城に乗り込みます←





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あきゅろす。
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