傲慢とただ一片の哀を 「あんたねぇ…」 小言など言いたくなかったが、それでも口を開けば出るのは溜め息と呆れたような、言葉ばかり。 伝蔵はその意外と逞しい背中を横切る朱に眉をしかめながら、消毒していく。真っ白な包帯を巻く手付きは慣れたものだが、そんなものはあまり自慢にならないであろうことは解っていた。染みるだろうに、半助は一言も発しない。 「自己犠牲の思考は好かんよ」 はい終わり、と少し強めに背中を叩けば、漸く半助がいたぁ、と間の抜けた声を上げた。 でもね、山田先生、と、言い訳染みた声を上げるものだから、伝蔵はまた溜め息を、一つ。勿論、伝蔵とて半助の言い分が解らない訳でもないのだ。 「あいつらは助かった、傷一つ負わずにですよ。こんな嬉しいことはないじゃありませんか!」 伝蔵に向き直り、半助は大袈裟ともとれる身振りで宙に手を広げた。 「解りますよ、解りますとも。あんたの両親もそんな気持ちだったのだろうよ。やっと土井先生も親の心境を理解したわけですな」 しかし、と伝蔵は続ける。 「自己犠牲とは別物でしょう」 「でも、私よりもあの子達の方が未来があります」 食い下がる半助に、伝蔵は一度口を噤む。そして眼を伏せた。 解らなくもないのだ、その半助の感情も。だが、伝蔵は親だからこそ、選んではならぬ道というものが在ることを知っている。 「その、遺された子達はどうなります。あんた、自分のことを思い返してみなさいよ」 エゴであっては、らなぬのだ。残したいのは悲しみでも虚空てもないのだから。 伝+半(080804) 自己犠牲半助と、親な伝蔵。 [*][#] [戻る] |