思慕の情底まで 生きることは、酷く滑稽でみっともない行為だと思う。 幸せになりたいと足掻く姿は醜い。涙を流す姿は吐き気がする。醜態を晒してまで手に入れたいという幸福とは、本当にそんな価値のあるものなのだろうか。 諦めてしまえば、楽になるのだろう。だけれど諦めきれない、人間は愚かだ。 そして、私も。所詮は、愚かな人でしかないのだ。 諦めきれない想いが在る。 "もしかしたら"私でもしあわせになれるのではないだろうか。 [ひた隠した、その先] ふと眼を開ければ、まだ室内は暗く、夜が開けてないのだと知る。首だけを動かして隣を見れば、見慣れた後ろ姿があった。それに何故か安堵して、深く息を吐く。何だか気分の良くない夢を見ていた気がする。体が闇に絡めとられたように重い。 じっと見詰めた後ろ姿は、闇に紛れ、輪郭がはっきりしない。ピクリとも動かないので、半助は段々不安になってきた。呼吸を殺してみれば、規則正しい寝息が聞こえ、胸を撫で下ろす。 どれほど深い闇の中に居ても、半助はこの背中だけは見失わないだろう。それ程彼は、半助にとって特別な人だ。 半助が戦孤児になってから、もう約20年が経つ。戦火に巻き込まれ両親を亡くした当時、半助は生きるのに精一杯であり、同時に、生きることに疲れきっていた。 何故自分は生き残ったのか、何故両親は死んでしまったのか。両親が身を挺してまで守ってくれたからだと考えるにはまだ半助は幼すぎた。置いて行かれた、としか考えられず、半助は泣いた。淋しさと空腹で、涙が止まらなかった。親の屍の傍で、踞って、泣き続けていた。生き続けることが苦痛で、かといって自分で死ぬ勇気もない中途半端な子どもだった。 死期を悟ってか、または、腐敗しかけた屍の肉を求めてか、烏が集まった。逃げ落ちた侍も来た。その手に持たれた刀を見て、不思議と恐怖を感じなかった。在ったのは達観にも似た諦めだけ。 (わたしは、此処で朽ちるのだ) 太陽の光を反射させて煌めいた白刄をぼんやりと見詰めながら、思う。これで終わりなのだと思うと、涙が溢れた。あぁ、諦めた筈だったのに!声にならない声をあげて、ぎゅうと眼を瞑った。広がったのは、確かに血の臭いだったのに。 「―――怪我は」 低い、低い声だった。覚悟した衝撃は何時まで経ってもやってこず、そして聞こえた、男の声。半助は恐る恐る眼を開く。 夕闇が迫る橙色の世界の中で、その姿は孤立していた。漆黒の衣装は顔をも覆い、目元だけを外気に晒している。血を払い、長刀を鞘に納めたその男は、足元に倒れた侍など見向きもしないで、半助を見下ろす。断末魔の声さえあげさせないその鮮やかな手付きに、半助は呆然と男を見上げることしか出来なかった。 不思議と恐ろしいと感じなかったのは、男の鋭い瞳の奥に、遣りきれないような感情が揺らめいているのを見たからだろうか。それが見間違いではないと、言い切れないはずなのに、半助は半ば確信して男の瞳を見詰め続けた。 「怪我は」 再度繰り返した男の声に、半助は我に返って首を横に振った。助けてもらったのだから、と礼を言おうとして、声が出ないことに気付く。泣きすぎて喉がイカれたか、と思う前に、この眼前に悠々と佇む男に礼さえ言えないことが残念だった。残念で、残念で。名を訊くことも名を名乗ることも出来ずに、半助は口を開いて、閉じた。視界が滲んで、半助は慌てて瞬き視界をクリアにする。あまり長く眼を閉じていたら、居なくなってしまうかも知れないという不安感。男はそれきり黙ってしまった。無礼な子どもだと呆れられてしまったのだろうかと、こんな状況に於いて、少しズレたことを考えていた半助に、漸く男はまた話かける。 「それはそなたの父母か」 それ。土埃にまみれ、傷口には蛆が沸き、あらぬ方向に手足が曲がった、屍。半助は一拍置いてから、頷いた。嘗ては父母だった、今はただの動かぬ肉塊に過ぎぬモノ。もう自分とは違うモノになってしまった。そう考えた自分が悲しくて、半助はまた涙を浮かべた。もしかしたらこのまま捨て置かれてしまうかもしれない。だったら、いっそのことこの男の手にかかり息絶えたかった。余りにも短絡的で浅ましい思考だが、それが半助の精一杯だったのだ。 「――…生きろ」 半助の中に在ったのは諦念だった。生きろと言われても、どうしたら良いのだろうか、たった独りで。けれども、半助はただ頷いた。静かに、頷いた。この男がそれを願うのならば、男の為に生きてみようか、と思えるほど、それほど切ない響きを含んでいたからだ。そんな半助を見ていた男を取り巻いていた空気が、緩む。差し伸ばされた手の意味を、半助はすぐには理解できなかった。男の瞳は和かに細められ、その手を取るも取らないも半助次第なのだと告げている。 半助は慌てたようにその手を掴んだ。離さないように、両手できつく握る。先程侍の命を奪ったばかりの男の手は、それでもキレイで、大きく、あたたかかった。 同情でも憐憫でも、何でも良かった。親を亡くして、この戦の世で抗う術も持たずに死んで逝くしかない薄汚い子どもに、生きて欲しいと願ってくれた男の傍で生きていけるのなら、例えどんな扱いをされても、自分は幸せになれるのではないだろうか。 「そなた、名は何と」 「は…はん、すけ、です。土井、半助」 出ない声で必死に告げた。彼は微笑んだ。そして優しく、強く、凛とした声で半助と呼ぶ。 (そして、今私は此処で生きている) 伝蔵の動かない背中に手を伸ばそうとして、止めた。きっと、届かない。届かないと不安になる。並べた布団の微かな隙間ですら、酷く大きなものに感じ、半助は眼の奥がツンとして、唇を噛んだ。これ以上、何を望む? 生きることは、酷く滑稽でみっともない行為だと思う。 幸せになりたいと足掻く姿は醜い。涙を流す姿は吐き気がする。醜態を晒してまで手に入れたいという幸福とは、本当にそんな価値のあるものなのだろうか。 (…知っている。価値があるものだからこそ、こんなにも躍起になっているんだ) 人は望んだものが手に入ると、そのありがたみを忘れて、更に他のものを強請る悪い癖を持っている。 (やまだ、せんせい) 呼んで欲しい、寂しい、私には貴方しかいないというのに。男にはたくさんある、半助の持っていないもの。 「―――半助、」 呼ばれて、不覚にも体が揺れた。瞳の焦点をあわせば、目の前には焦がれた人の心配顔。それを認めて、思わず笑った。そうだ、男は何時もこんな声で自分を呼ぶ。 「どうした、心配ごとでも?」 「…いえ、大したことではありませんよ」 「眠れぬのか」 断定的な響きに、半助は眼を伏せた。何時も、そうだ。半助はこの男―山田伝蔵に、隠し事が出来ない。いや、隠し事が無いわけではない、ただ、そのことを伝蔵に知られてしまうのだ。伝蔵は知らぬふりをして、半助の隠し事を隠し事のままにしてくれる。それが時折辛いと半助が思っていることを、伝蔵は知らないだろう。それが彼なりの、優しさなのだから。 「きっと、大丈夫だろうよ」 内容も聞かないで、まるで幼子をあやすように、伝蔵は半助の頭を撫でた。半助はすがるように伝蔵を見詰める。感情の大半を感傷が占めているようで、伝蔵は半助が泣くのではないかと思った。しかし彼は相も変わらず穏やかに微笑んでいる。 暫くして、半助は探るような伝蔵の視線から逃げるように、開け放たれた障子の向こうの池を見た。水面が揺れ、幾つもの波紋が広がっては消えてゆく。 (水に降る雪 白うは言わじ 消え消ゆるとも) 貴方は知りながらも一生理解することはないでしょう。 伝蔵は、半助の頭を撫で続ける。熱は、絶えない。 想うことくらいは、赦してください。 End... title*いのちしらず 閑吟集第248番(わたしの恋ははっきりとはいいますまい。例え、水に降る雪のように淡く消えてしまったとしても) はい、初伝半(伝半?どっちかっつーと伝←半)でした! 難しいな落乱…orz 実はこれに手をつける前に文+こへの話しを書いていたんだがあまりにも進まないのでこれ書き始めたらこっち先書き終わっちゃった・みたいな← 文次郎すき。何か雰囲気が弦一郎ということで五百枝と意見が一致← 土井先生は昔からナチュラルにすきだった。声も好き☆ ぶっちゃけ落乱を詳しく知らないので、サイト廻りで得た偏った知識だけで勢いで書き上げました(笑← 教師になってから出逢うパターンと、忍山田が子土井を拾うのを考えたんですが、今回は後者で。余力があれば別パターンも書きたい…。 小さい頃に拾われると、利吉が酷いファザコンだと良いと思うよo(≧∇≦o) 教師になってからだと、伝←半←利だと良いと思われヽ(´ー`*)ノ んで、前者だとホワイト(笑)土井で、どちらかといえば盲目的で、後者だとブラック土井で計算高ければ良い(笑← [#] [戻る] |