小説
落丁辞書〈GV〉
・帰還後



 グレンの手套を嵌めた手のひらに、ヴィオレは懐中時計のようなものを乗せた。

「通信用魔道具で、トゥールビヨンと云う」

 ヴィオレの指が留め具を弾けば、ぱちん、と蓋が開いて内側に時計の文字盤に似た魔法陣が描かれ、小粒の魔石が針のように動かせる形で嵌められているのが見える。
 曰く、特定のトゥールビヨンへ発信する際には魔石を決まった順序で動かし、緊急時には素早く一回転させれば一斉連絡が回る仕組みらしい。
 なんとも軍事的だ、というのがグレンの感想だが、それもそうだと彼は己の思考に頷く。
 この大層便利な携帯通信魔道具は、人類の荒廃を賭けた大戦のなかで造られたものなのだから。
 グレンとヴィオレはあるドールの工房破壊に向かうことになっている。
 ヴィオレは足腰軽く方々へ赴く立場にないのだが、今回は場所が悪かった。
 並の……並より優れた魔術師では、半端に優れていればいるほど不調を起こすような、魔力の乱れ色濃い場所にドールの工房があると目されているのだ。
 既に調査へ向かった魔術師が酷い不調で休養を余儀なくされ、魔術師がなんとか持ち帰った情報から確実に安全が保証され、任務をこなせるものとしてヴィオレにお鉢が回ってきた。
 もちろん、魔力に左右されない、魔術師ではない前衛騎士を選出すれば良いという見方もあるが、魔術師の持ち帰った情報には見張りなのか、周辺を歩き回るドールを数体確認している。マリオネットと呼ばれる量産型であるが、工房そのものにはなにがいるか分からない。
 なにせ、酷い魔力の乱れのなかでさえ起動に問題のない安定性あるドールを造る人形師がいるのだ。
 前衛騎士だけでは荷が勝つし、魔力の乱れにより転移魔法陣の発動が安定しない可能性がある。魔術師であればできる調整が前衛騎士では難しいし、魔術師の支援をと思っても肝心の魔術師が活動するのに環境が厳しい。
 何処までも確実性を追求されたが故に、ヴィオレが選ばれた。
 場所が場所でなければ到底自分がやるような仕事ではないなどと欠片も零さぬヴィオレは、命令が下った際に難しい顔をする上官へ「陛下の憂いを断つためなれば惜しむ身などございませぬ」と心から述べた。
 そして、専門家として部隊選抜を一任されたその足でグレンの元へとやってきたのだ。

「こういった仕事ではマシェリを連れて行かぬのでな、そちらを持っていってくれ」
「あいつ連れて行くっつわれたってお断りなんだが」

 マシェリならばヴィオレ限定で連絡係を務めることが可能であるが、グレンは少女人形を肩に乗せて戦闘など行いたくない。
 ヴィオレが六十センチの愛らしい球体関節少女人形を肩に乗せている姿には何も思わないほど見慣れてしまったが、いざ己の身になるとなれば話は別だ。
 喉を鳴らして笑うヴィオレも当然、その辺りは心得ている。ちょっとした揶揄だ。
 流石に賞金稼ぎと二人だけではまずいため、適当部下を数名見繕ってヴィオレの仕事準備は完了である。
 現場への出動は転移を用い、魔力への影響が少ない場所からはグレンに向かって手を振った。
 今回もグレンに「楽しんできてネ」と彼の大好物を回せて丁度いいと思う部分があり、ヴィオレは部下が生温い眼差しを送るのにも構わずふてぶてしい態度でグレンからの連絡を待つ。
 何事もなければグレンが工房を全破壊して帰ってくるだろうし、そうすれば自身が最終確認を行って帰還。
 何事かがあればトゥールビヨンでグレンから連絡が入り、ヴィオレが転移で駆けつけるか、内容次第で出方が変わる。
 ヴィオレは速やかに前者の予定が達成されるものと思っていたのだが、事態は予想外にも後者へ至った。
 りぃん、りぃん、と鳴り出すトゥールビヨンに驚きながらもヴィオレは反射的に応答しており、聞こえてきたグレンの不機嫌そうな声に片眉を上げる。

「……分かった。すぐに向かう」

 ため息混じりにトゥールビヨンの蓋を閉じたヴィオレは緊張した面持ちの部下を振り返り、待機を命じた。
 部下は驚いたようにも不可解さを滲ませたようにも見えるが、ヴィオレは構わず転移で以ってグレンのもとへ向かう。
 果たして、トゥールビヨン越しに聞いた通り、不機嫌そうな相棒が大量のドールの残骸の中にいた。

「此処、開かねえ」

 グレンが乱暴に蹴りつけるのは幾重にも魔術式の刻まれた硬い扉。グレンの蹴りにびくともしない辺り、相当な術式が用いられている。

「……斯様な土地で術式的に引き篭もろうなどと勇気のあることよな。魔力濃度に変動あらば、既存の術式が変質し出られなくなることもあるであろうに。
 さて、工房最奥もまたこれより先か。相、分かった」

 グレンの進行が妨げられるほどの術式があると考えなかったのはヴィオレの手落ちだ。ヴィオレが考えすぎる故に考えつかなかった。想像を切り捨てていなければ最初から同行し、グレンにお楽しみを中断させることもなかったというのに。
 ヴィオレは扉に片手をあてる。
 一拍後、ダァンッ! と凄まじい音を立てて扉が吹き飛んだ。
 奥へと残骸散らばらせてガン、ゴン、グシャ、と崩壊する己が散々蹴りつけて殴りつけてもびくともしなかった元扉を見遣り、グレンは相棒へ呆れた視線を向ける。

「ノックはもう少しお淑やかなほうがいいんじゃねえの?」
「なに、聞こえぬノックよりは良いであろう」
「そりゃそうだ」

 頷いて、グレンは扉のあった場所より向こうへ続く通路を歩き出す。またなにかあってもいけないのでヴィオレも続いた。
 意外にも、開けた空間へ出るまで一切の襲撃はない。
 その分、広い実験場のような空間にはずらりとオートマタが並んでいた。
 オートマタに守られる位置に立つのは無精な髭を蓄えた壮年の男。

「あーあ、ついてねえ。ダブルペンタグラムと巷で噂になりはじめた賞金稼ぎ。あーあ、あーあ、ついてねえついてねえ」

 世の中に良いことなど何もないとばかりのため息を吐いた男は懐から煙草を取り出し、オートマタの一人が取り出す火で以ってぷかりと一服を始める。

「そなたも人形師であれば分かっておるとは思うが、ドールの製造は大罪ぞ。製造されたドールは全破壊、人形師は捕縛、後に死刑あるいは終身刑。抵抗すればその場で処刑が許可されておる。問おう、大人しくお縄につくか?」
「はは、肉体的に死ぬか、精神的に死ぬかしかないって分かってんのに、無抵抗でいられるほど俺は現在を死んじゃいねえよ。まあ、あんたらはそういうの分かっていて殆どの人形師をその場で処刑してきたんだろうがな。ああ、いや。嫌味じゃねえよ。
 俺は法に触れること、倫理に背くことをやった。悪いことをやったんだから報いがやってくる。知ってるさ。大人しく受け入れられねえんで、駄々を捏ねはするがね」

 男が腕を上げ、断頭台を下ろすかのように振り落とす。
 一斉に向かってきたオートマタ。
 極めて人形的なオートマタは機能と安定性に大部分を割いて、人間的な思考は省かれているのだろう。
 計算による最善の動きは一定の相手までは通用するが、一定以上の相手には通用しない。
 グレンは必殺となるはずの刃を砕いた。
 グレンは必殺となるはずの殴打を潰した。
 グレンは必殺となるはずの砲撃術式を正面から切り捨てた。

「最善っつう答えを知ってりゃ、幾らでも対応できんだろ」

 次々とオートマタを破壊していくグレンの呟きが聞こえたのか、男が盛大にため息を吐いて目を片手で覆いながら天井を仰ぐ。ヴィオレは思わず「うちの相棒がすみません」とばかりの視線を向けてしまった。
 最後のオートマタを破壊したグレンは残骸を踏みつけて男へ鋒を向ける。

「再度、問おう。そなたの魔力制御術式は素晴らしい。その技術を我らが帝国へ提供する気はないか?」

 淡々と問いかけるヴィオレに男は落とした吸い殻を踏み消しながら苦笑する。

「やなこった」

 男の首が飛んだ。
 工房から出たグレンはヴィオレが遠慮なしに工房へ術式を放っていくのを眺める。
 乱れた魔力を完璧に計算しきった術式は誘爆に誘爆を重ね、一つの術式からは想像もできない規模での破壊を繰り返す。
 一通り更地を作り出したヴィオレはトゥールビヨンで部下へと連絡を取り、彼らの「こちらからでも殿下の術式が確認できましたよ……どんだけ派手にやったんですか」という引いた様子に「断然張り切った」と返して通信を切る。

「お前、仕事だと色々過剰だな」
「任務というのは過剰なまでに達成しておくと上から煩く言われることが少ないのでな。今回は土産もきちんと用意したとであるし、文句のつけようもないであろう」

 グレンは肩を上下させ、ヴィオレはそんなグレンの手をとって転移を発動させた。



 消耗、損害零、期間最短で達成された任務は、高度な魔力制御に関する知識という素晴らしい土産つきだった。
 ヴィオレは硬い表情の上官から称賛を貰い、部下を労って雑事を片付けた後にグレンのいる宿を訪れる。

「そなたのおかげで楽に進んだ」
「そうか」
「上にもいよいよそなたの名が通り始めておるが、売り込んでおくか? そなたであれば白金の一等星に文句を言う輩はすぐおらぬようになる」
「分かりきった答え訊いてんじゃねえ」

 ヴィオレは苦笑しながら脳内に浮かぶ名前の選別をした。
 グレンにとって面白おかしい仕事を紹介する窓口になるのは悪くない。
 異世界にいた頃とは立場が変わったが、グレンとヴィオレの関係そのものに変化はないのだから。

[*前へ][小説一覧][次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!