小説
六話



 カルクハイトは多くの人間が認識するように機械的な人間である。
 命じられるがままに殺し、それが女子供であっても私情を挟むことはない。例えば無能な上官から明らかに後々自陣が不利になる命令をされたのであっても抗命などしないし、責任を被せられても不満を述べず不利を覆して意図せず無能な上官たちを殴り返してきた。昔からその調子だったので現在では扱いを覚えられ、偶に軍事裁判に召喚されることがあっても形ばかりであるし庇ってくれる頼もしい有能な方々がいつの間にかできていた。
 しかし、カルクハイトにはそういった方々がいてくださるありがたみがちっとも分からない機械的な人間である。
 カルクハイトの情動が唯一突き動かされるのは戦場だった。ただの戦場ではない。
 ヒンリヒトというどうしようもない戦闘狂と命を奪い合う瞬間、その機会こそがカルクハイトの心を踊らせた。
 最初はヒンリヒトの殺意に対しても思うところのなかったカルクハイトだが、殺せなかったことに「あれ?」と思い、それが二度目、三度目ともなれば少しずつ苛立ちを覚え始め、とうとう顔を見た瞬間にカルクハイトはヒンリヒトに明確な殺意を覚えた。
 誰を殺そうとなんとも思わなかったカルクハイト初めての殺意である。
 内臓貫いてやったときは「ざまあみろ」と嘲笑ってやりたかったのだが、白痴美と良い表現をされるカルクハイトの無表情では難しく、それは次にヒンリヒトと見えたときに腹を割かれて零れた腸ごと蹴り上げられたときとて変わらなかった。流石に痛かったので、今度は内臓全部掻き出して目玉を抉ったあとは剥製にして兵舎の玄関に飾ってやると思ったのだが、その機会は永久に失われることになる。
 あれだけ争い合っていた国家間に平和が訪れてしまったのだ。
 カルクハイトはあまりの悲劇に泣きたくなった。
 平和なんて糞食らえである。むしろ母親の腐れカントにでも突っ込んでおけという話だ。
 カルクハイトは戦場駆け回っているほうが好きだし、後方勤務はむしろ嫌いである。平和になってしまえば戦場なんて小競り合いのときくらいしかなくなってしまうし、それ以外でのお出かけなんて戦争被害地域復興うんちゃらかんちゃらという面倒くさい案件だ。自慢ではないが、カルクハイトは罪悪感のなさから昔は味方を巻き込んでの作戦によく使われたため一部では大変な大人気である。貴重な食べ物だろうに生卵を投げてよこされるほどだ。村ごと焼き払うなども行ったし、たまにその村から逃れたものが別の村で事情を話してくれるために知っているひとは知っている話状態となっている。そんなところへカルクハイトが復興のお手伝いなんて行こうものならもう大変。しかし、後方勤務とて嫌なのだ。カルクハイトにとって数少ない人間らしさである。
 そんなカルクハイトに朗報があった。
 平和の証としてヒンリヒトに嫁げというものだ。
 庇ってくれる方々も所詮はカルクハイトが使い勝手のいい猟犬だからに過ぎず、今までカルクハイトに嫁の世話をしてやろうというひとは誰もいなかった。そのように嫁になる人間が可哀想な真似をできる鬼畜は存在しなかったのだ。
 同じ頃、ヒンリヒトが荒れに荒れているとは露知らず、カルクハイトは二つ返事で了解する。
 ヒンリヒトのことだ、きっと我慢できずに自分を殺しにかかるはずだ。そうなればこちらからも殺し返せる。絶対に殺してやる。
 楽しみでたのしみで仕方なかった。
 そうして顔を合わせることもないままカルクハイトはヒンリヒトと婚約を結び、手紙一つ交わさないまま結婚式当日を迎えた。
 花嫁の礼装であると理解はしているが、ヴェールというものは視界を遮って非常に邪魔である。だが、頑なにこちらを見ようとしないヒンリヒトからびしばしと伝わる苛立ちと殺気を和らげるのには役立ってくれた。直に感じていたら直ぐ様引き倒して喉笛噛み千切っていたかもしれない。
 頭のなかで万の殺害方法を巡らせている間に結婚式は終わり、気付けばカルクハイトは寝所でヒンリヒトを待っていた。
 肩口を揺らす髪はもうざんばらではない。嫁ぐに当たって丁寧に整えられてしまった。鏡に映るたびにヒンリヒトの髪も首ごと斬ってやろうと誓っていたのにと寂しく思ったが、当の本人がやってきたことでカルクハイトは思考を中断する。
 まずは口上を、と思ったがヒンリヒトはそれすら許さなかった。
 驚いたことにヒンリヒトは勃起していた。
 カルクハイトにはどうでもいいことだが、女相手であれば問題があるのでは? と疑いたくなるような手つきで押し倒されて突っ込まれて、内心でカルクハイトは「おい待て話が違う」と慌てていた。
 カルクハイトはこんなヒンリヒトを知らない。
 ヒンリヒトのことだから寝所でふたりきりともなれば即行殺しにかかってくると思ったのだ。カルクハイトは迎え撃って今宵こそヒンリヒトを殺し、その頭蓋骨で夜明けの珈琲を飲む気満々だった。
 それなのに、一体どうしてなにがあってこうなっているのか。
 何故、ヒンリヒトはカルクハイトを抱いているのか。抱くことができているのか。わけがわからない!
 ヒンリヒトは戦場と同じほどの殺気を放ちながらもカルクハイトの命に直接手をかけようとしない。
 しかし、乱暴にカルクハイトを犯す動きはこのまま「事故」でカルクハイトが死んでくれればいいとでも言わんばかりだ。
 ずるい。酷い。
 あまりの悔しさにカルクハイトは泣いた。
 カルクハイトはヒンリヒトを殺すことを楽しみにしていたのに、ヒンリヒトは違ったのだろうか。
 積極的に殺しにかかってくれなければカルクハイトは緩慢に殺されるしかない。
 ヒンリヒトに一方的に殺されるほどぞっとしない話は存在しない。
 あまりの殺意に涙が止まらなかった。
 カルクハイトの涙を見てヒンリヒトが戸惑い、カルクハイトはヒンリヒトにとんでもない誤解をされていたことを知る。
 ヒンリヒトを殺したかったのかだなんて、なにを当たり前なことを言うのか。
 そんな馬鹿なことを言う奴は死ねばいいので殺されろと首に手をかけたいのを必死に堪えながら言えば、蕩けそうな顔をしたヒンリヒトが提案した。

「素手ならお互い事故で済む」
「乗った」

 首輪と柵が外されない状態での殺し合いは煩わしいものの、今までにない興奮を覚える。
 カルクハイトの新婚生活は悪くなかった。

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あきゅろす。
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