小説
成長とは明日への一歩である(前)〈GV〉
・帰還後



 リムの体は見かけがこども同然になり、中身は魔力によって構成される部分の多い些か不安定なものになった。もっとも、その魔力によって構成された肉体を構築、維持のための術式を施したのは移り渡った世界において「魔法使い」として名を馳せ、その道の第一人者であったのだから不安定ではあっても、不安ではないのだが。
 なんにせよ、リムは体を鍛え直す必要があった。
 筋力などの身体能力はもちろん、記憶している間合いなどの修正も必要だ。
 その身が魔力に依存する割合が増えたせいか、固有魔力量が増えたという僥倖があるも魔法使い……こちらで言う魔術師としてやっていくには心もとない。こちらでも前衛としてやっていくことを目指したほうが良さそうである。
 最も自分に合った訓練法、戦い方を考える日々のなか、世話になっているヴィオレの屋敷へ客人がやってきた。
 暗い赤毛に金の目、快活で愛想の良さそうな顔はひとに慕われる雰囲気を持っている。だが、身のこなしは戦うことを知っているもののそれだし、なにより腰には飾り物ではない剣を佩いていた。
 ヴィオレが少し手の離せない用があるので、その間てきとうに過ごしていろと言付けを受けた男は供もなく慣れたようにヴィオレの屋敷の庭へとやってきて、開けたところで木剣を握っていたリムに「おっ」と声を上げる。

「話には聞いてたが、面と向かうのは初めてだな」

 膝を折って視線を合わせた男はにやっと笑い「俺はジルベル・ダルクハイド。ヴィオレフォンセ殿下の同僚だ」と名乗った。
 かつて、ヴィオレの名がエクリプス中央で馴染みがなかったように、男の名もまた此処、帝国カスタニエではほんの少し変わっているようリムには聞こえた。エクリプス中央風に直すならギルバートである名前を、カスタニエでざっと聞く音になぞらえればジルベールが妥当だろう。

「リムです。初めまして、ダルクハイド様」
「様! 勘弁しろよ、職場でもあるまいし!」

 大仰に嫌がる男、ジルベルは袖を捲って鳥肌の立った腕をリムに見せた。畏まられるのを嫌がる人間、それも王侯貴族と接する立場の人間というのはリムには珍しい存在だ。
 どういう反応をするべきか惑うリムに苦笑したジルベルは、視線をリムの木剣に向けて「稽古中か?」と問いかける。

「はい。この体は今から鍛え過ぎても悪いことにはならないので」

 完全に人の子であれば鍛え方に制限をかけるべきであるが、リムの場合はその縛りがきつくない。
 リムの口ぶりに考えるような顔をしたジルベルは腰に佩いていた剣を外し、鞘を抜いた。

「なら、一人で続けるのもいいが、たまにゃ相手いたほうがいいだろ」
「お相手、してくださるのですか?」
「あいつの用が済むまでだけどな」

 笑い、ジルベルは鞘を構えた。



 ジルベルは強かった。
 あのときとは状況が違うとはいえ、グレンに向かっていったときのことを思い出すほどにリムとは圧倒的な実力差がある。
 もちろん、グレンとは剣筋が違い、ジルベルはとにかく剣を扱う技術、体の使い方が巧みだ。
 転がされ、手から木剣を弾かれたリムは喉元に突きつけられた鞘を悔しく睨みつけ、ジルベルはそんなリムに苦笑する。

「元々の体はもっと育ってたんだって?」
「……はい」
「なら、間合いはどうにもなんねえが、速度と重さだけでも調整してやりゃいいさ」

 なんでもないように言うジルベルをリムは怪訝な顔で見上げる。
 間合いをいまの体に合わせて調整するならばともかく、速度と重さを調整とはどういうことだろうか。

「強化の負担は……」
「強化? ああ、違うちがう。あんなのはな、てめえの体をどうこうできる奴くらいしか使うもんじゃねえよ」

 ひらひらと手を振ったジルベルは鞘を引くなり、リムの隣に立って地面へ術式構成を描いていった。
 魔法にも術式も秀でているわけではないリムだが、ジルベルの描いていく術式構成は極端に専門的でも難解でもないために読み進めていくことができる。

「後ろから風が吹いたら自然と押されて足が速くなるだろ? そんなもんさ。反射力なんかは雷属性が意外と便利でな。あと、重力系が扱えると難易度が格段に下がって……」

 眼から鱗が落ちた。
 身体能力を補うのは強化だけだと思っていたが、属性効果であっても使い方次第でどうとでもなるのだ。
 それを実戦のなかで用いるには繊細な行使を強いられるし、相当な器用さを求められることになるが、必要なことを得るための努力に関してリムは労を惜しまない。血反吐を吐く努力には慣れていた。
 目を輝かせるリムにジルベルは弟をかわいがる兄のような顔であれこれと説明しようとしてくれたが、やってきメイドが用の済んだヴィオレのもとへの案内を申し出たことで中断を余儀なくされる。
 リムは「またな」と言って去っていくジルベルの背中を見つめ、先ほど稽古の相手をしてくれたときの様子を思い出した。
 ジルベルは術式補助など一切用いていない。
 当然だ、リムの稽古を相手するのに必要なかった。
 ならば、本気になったジルベルはどれほど強いのだろうか。
 リムの知る最大の物差しはグレンだが、グレンは魔力行使ができない。
 地面に残る術式構成をなぞりながら、リムは一人稽古を繰り返す。
 その動きはジルベルに教えられる前とは比べ物にならなかった。

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