小説
束の間ですらなく



 響は職員室のほうに顔を出す予定らしく、昌太郎はそれに付き添ったのだが、生徒会長が思わず凝視したくなるほど整った容姿の生徒と歩いていることで、視線は常にないほど多かった。
 後日、その生徒が今まで表に出てこなかった親衛隊隊長だと知られると、いよいよ新聞部が取材に乗り出すほどで、いまや学園の中心話題といえば会長と隊長の関係についてだろう。

「恋人宣言でもすりゃいいじゃないですか」

 いっそ素っ気無いほどすっぱり言う来島に、昌太郎は思わず書類に押していた判子を歪ませた。慌てて確認して「セフセフ」と汗を拭う姿はコミカルで苦笑いをさそう。

「俺のとこの親衛隊の様子が様子だったんで、俺も最初はそのつもりだったんだが……」
「他の親衛隊が妙な嫉妬でもしているんだろう」

 昌太郎は気まずい顔をする。
 自分達と同じ立場のはずの響が昌太郎と親しくしていることに、他の親衛隊は言いようのない感情を溜め込み、響へ向ける視線を厳しいものにしている。

「どうしてお前だけ」

 そう響が詰られる現場に出くわしたことのある昌太郎だが、響自身が視線で昌太郎を制した。

「これは、どうしようもないことです。彼らを責めないでください。ご自身を責めないでください。できるなら、後悔しないでください」

 昌太郎の鎖骨あたりに額をあてて呟いた響に、昌太郎は苦いものを飲み込んで頷いた。
 分かっている。どうしようもないといった響は正しい。そして、響を責めた彼らも、響を責めてもどうしようもないと分かっている。誰も彼も分かっているからどうしようもないのだ。
 来島も桐も唐沢も、親衛隊との関係を変えようとしているが、一朝一夕でどうにかなるものではなく、それぞれの隊長と共に苦労している。
 けれど、ここで放棄してはいけないことだから、出来る限りのことをする。

「ごめんね、かいちょー」
「謝んな。俺だってなにもしてこなかった。響が隊長だっただけだ。
 っつか、それより幸田だよ、幸田」

 忌々しいというよりも、不気味そうな顔の昌太郎が出した名前に、三人は顔を顰める。
 響が学園に戻ってからの正治はおかしい。
 あからさまな変装をやめた彼は、とても可愛らしい容姿をしていた。
 ダブルらしく混じり気のない金髪に、瓶底眼鏡越しでは分からなかった青い目が、バターミルク色の童顔を飾っていて、まるで人形のようなのだ。
 内面を知らなければ話しかけたいと思うかもしれないが、変装をやめてから始まった正治の奇行に、彼の周囲からは今まで以上にひとが消えた。

「あいつは口裂け女か」

 今までの正治は誰彼構わず笑顔で「友達だろ」と叫んでいたが、いまの正治は誰彼構わず鬼気迫った顔で「俺可愛いだろ」と訊いて回るのだ。
 口裂け女は肯定すれば同じ顔にされ、否定すれば鎌で切り殺されるという噂があったが、正治の場合は肯定すれば「そうだよな、俺は可愛いよな」とほっとした笑顔になり「俺は可愛いんだ」とぶつぶつ呟いて別の誰かに同じ質問をしにいき、否定すればそれこそ口裂け女(化物)のような顔で叫び、その場から駆け出していく。そして、暫くすると何事もなかったかのように質問を再開するのだ。

「完全に都市伝説レベルですよね……」

 気付けば腕に鳥肌がたっていて、来島はそれを擦りながら呟く。

「下手に金持ち学園だから校内カウンセラーいないのが痛いよね」

 精神的なことで専門医の相談に、というのは生徒たちの家にとって知られたいことではないので、最近では多くなった校内カウンセラーというものが学園にはない。必要と判断されれば家に連絡が行き、そこからどうするか決めるのは生徒の家族だ。大抵は休日に実家へ戻り、そこからカウンセリングへ、となるが稀に即休学してしまう例もある。

「というか、そもそも幸田の家族はいったいあいつをどう扱っていたのだ?」
「あ、それ俺もぎもんー。だってさ、あれってマジでおかしーよ? よっぽど酷いコンプレックスなりトラウマなりあるんじゃなーい?」

 平等公平を謳いながらも厳しい容姿選別と、極度の自己主義。我が強い、我侭という範囲を通り越したそれは、まさに病的と言っていい。普通の家庭に生まれて過ごしていただけでは早々育ちようのない人格だ。

「ここに取り出したるは副会長七つ道具、生徒名簿という名の生徒の素行調査ファごにょごにょです」
「おいおいおいおいおいおーい! それアウアウっ、駄目、バレたら完全にアウトーっ」
「大丈夫です。ちょっと自分でお金稼ぎたくて株やってるんですが、それなりに稼ぎあるんで、それをチラつかせたら向こうから持ってきてくれました」
「自分で金稼ぎたくて始めたのがバイトじゃなくて株ってあたりがお前だよな」
「それにしてもこの学園の腐りっぷりに俺ぜつぼー」

 げらげら笑う桐は唐沢と肩を組みながら、来島の持つファイルを覗き込んだ。

「わーお」
「なんだよ、何が書いてあったんだよ」
「自分で読みなよーう」
「俺、会長」
「生徒名簿持ち出したな」

 昌太郎はすごすごデスクを立ち上がり、来島の後ろからファイルを覗き込んだ。
 写真と共に綴られる内容に目を通し、四人は段々と顔を引き攣らせ、しまいには同時に「うわあ」と声を漏らした。

「没落した元ご令嬢の母を持ち、アッパークラスにコンプレックス持ちまくりの父の会社が生まれてすぐ倒産。つぶしの利かない両親の元で育ちました、と」
「プライドにならないプライド植えつけられて選民主義が育って、自分は特別で奉仕されて当然という性格ができあがり、と」
「なにかあっても親が喚いて擁護したんだろうなあ。なんていうの? モンペだっけ?」
「なまじ顔が良かったから最初は人気者だったみたいですねえ……ああ、だから顔にあそこまで執着するのか……」

 四人は「あっちゃー」と声を揃え、同時に額をぺち、と叩いた。仲良しである。

「おけおけ、怪人元毛玉は生まれるべくして生まれたんだよ」
「元毛玉はねーだろ」
「んじゃ、怪人モテカワ毛玉」
「いやいやモテカワでもねーよ。いや、見た目はそうかもしれんが、そうなると毛玉要素が既に……」
「ゆるふわモジャのモテカワ眼鏡」
「意味が分からない」

 女性ファッション誌で愛用されていそうな語録を適当にもじったあだ名を並べる桐に、昌太郎は律儀な感想を送り、来島と唐沢はそのやりとりを苦笑いしながら眺めていた。

 頭を悩ませていても、生徒会室の中には愉快な友人たちがいる。
 十代の青年が当たり前に享受して、なんら咎められるはずのない青春のページを増やしていた昌太郎は、駆け込んできた三上の言葉に頭から冷水をぶっ掛けられるような思いをすることになる。

「会長、隊長が幸田正治に階段から落とされ、病院へ搬送されました」


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あきゅろす。
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