小説
エゴイスト



 早退した翌日、非常にご機嫌な昌太郎の様子に役員はひどく生暖かい目を向けていた。

「で、めでたくお付き合いできたんですか」
「言っちゃ悪いけどさ、相手が親衛隊でなけりゃ、かいちょーの行動ってかなり電波入ってるよ」
「初めて接触した相手を二週間以上忘れられず、とうとう調べることまでして入院先に押しかけに、だからな。ああ、立派なストーカー予備軍だ」

 ご尤も過ぎる言葉だがしかし、昌太郎はめげなかった。

「結果オーライだ」

 ふふん、と胸を張る昌太郎に三人は「だめだこりゃ」と呟いた。
 早速話を聞こうにも仕事しごとと焦らされて、休憩時間にようやく話を聞きだしたにしては酷い反応である。

「で、大島くんは明日退院するんですよね?」
「ああ。昼頃って言っていたから迎えにはいけないが、出迎えはする」
「学園に直なんだ」
「浮かれてるのは結構だが、あいつに気をつけろよ」

 唐沢の言葉に、生徒会室の空気が冷えた。

「幸田正治か」
「彼は特に会長にご執心のようですし……ああ、そうだ。報告が遅れましたが……彼、会長の親衛隊隊長を探してるそうですよ」

 がた、とソファを揺らして立ち上がりかけた昌太郎を、桐が「まあまあ」と押さえ込んだ。

「元から親衛隊を敵視していましたが、彼が接触……暴力沙汰を起こしていないのは会長のところの隊長だけなんですよ」
「学園にいないんじゃ、起こしようがないし、会長のところはやり方がうまいからな」
「なんで処分されないんだよ」
「そりゃあ、暴力沙汰の発端が制裁だからでしょー」
「会長は恵まれているよ」

 昌太郎はきつく目を瞑った。
 深く関わろうとしなかった親衛隊。本当ならば、自分である程度の制御をしなくてはいけないのだ。昌太郎はそれを怠ってきたにも関わらず、その親衛隊が暴走したことは殆どない。誰のおかげだ。
 考えを改めなくてはいけない。接し方を考えなければいけない。向き合わなければいけない。
 昌太郎だけでなく、来島、桐、唐沢も強く思った。

「……来島、今日の仕事はあとどれくらいだ?」
「厚さ一センチの書類を捌いていただければ」
「そうか。それが終わったら、三上と話の続きをしてくる」

 ソファを立ち上がる昌太郎を合図に、三人も立ち上がった。

「じゃー、俺もこれ終わったらちょっと遊んでくるー」
「私も久しぶりにお茶会しましょうかね」
「じゃ、頑張るとしよう」

「ルール」なんてものは、自分達で作り出した思い込みでしかないと彼らは知り、それを変えていく。



「恋人ができた」

 昌太郎の言葉を、彼の召集に応えた親衛隊は静かな笑みで受け止めた。中には青ざめているものもいたが、否定を、拒絶を、認めないとそれを退けることはなく、そんな彼らを昌太郎は僅かに後悔が滲む声音で続けようとする。

「どうか……」
「――それは、誰ですか?」

 続く言葉を惑う昌太郎に、三上が問うた。
 静謐な目がじっと昌太郎に向けられ、昌太郎はふう、と息を吐き出して苦笑いする。
 なにもかも、分かった上で彼らはここにいる。

「大島響。親衛隊の、俺の親衛隊の、隊長だ」

 一瞬ざわめいた声はすぐに静まった。

「おめでとうございます」

 心からの言葉が三上から贈られる。
「あ、ああ。ありがとう」と戸惑いながらも返した昌太郎に、緊張感を持っていた親衛隊の空気が和らいだ。

「隊長は無理させるとすぐに倒れるんです」
「あれほどの佳人はいませんよ!」
「正直、会長に隊長はもったいないよーな……」

 口々に贈られる言葉は暖かく、紛れもなく個人へ向けられていることに昌太郎は感謝と、強い後悔を覚えた。
 表面しか触れず、知ろうとすらしなかった自分を、こんなにも思ってくれている人たちがいた。
 響のことがなければ、この先もその得がたい存在に気付くことなどなかった自分の愚かしさを、昌太郎は忘れない。

「ありがとう」

 ありがとう、ありがとう。心から。
 ごめんなさいを込めて、ありがとう。




「お祖父さま、あのひとが僕を好きだと言ってくれたのです」

 響のぽつりと落とすような呟きに、鳴海は「そう」と静かにうなずいた。

「僕は、どれほどあのひとの隣にいられますか」
「――お前が望む限り」

 きゅ、と噛み締めた唇が赤く滲む。
 らしくなく響は手を振り上げ、ベッドに叩き付けられる。
 初めて見る孫の様子に、鳴海は驚いた顔もせず目を伏せた。

「……なら、僕は使い切ります」
「響……」
「いつなくなるかも分からない時間を全部、あのひとに使い切ります」

 いつもぼんやりと現実を見ていた響の目が、きつく凝っていく。
 いつか死ぬ。
 誰にでも言える言葉で、誰もが気にしていない未来は、響にとっては残酷なほど身近だった。
 幼少期よりも薄れていった感覚であっても、それは決して離れない。
 いつ死んでも構わない生き方をしてきた。
 これからは、いつ死んでも後悔しない生き方をしていく。

「親衛隊隊長を舐めないでよ、編入生クン」

 響は三上から定期的に送られてくるメールの内容を思い出し、物騒な顔をする。いっそ暴力的な孫の美貌に、鳴海は「あーあ」と首を竦めた。
 丈夫ではない身体を引っさげ、何度も入退院を繰り返しているのに、誰にも文句を言わせず最大規模の親衛隊隊長を務める響が、ただ儚げな美青年で収まるわけがなかった。
 目に見える形で表さないからおとなしいだなんて、そんなものは勘違いも甚だしい。

(影をうっすらしか見せないのに纏め上げる頭って、普通に考えて怖いと思うんだけどなあ)

 鳴海の内心を三上が聞いたなら、手を叩いて喜んだことだろう。

 偽悪的に笑いながら。


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