小説
こんなことがあった〈GV〉
・グレン×ヴィオレ
・薄い性描写有り



 皿に盛られ、小山を築くのは甘ったるい菓子。
 トフィーにヌガー、薄平べったいチョコレートやゼリービーンズ。ジャムサンドクッキーに糖衣で覆われたマフィンなどの焼き菓子が積まれる傍らには、チョコレートを温めたミルクで溶かし、大きなマシュマロを浮かべたものが大きなマグカップを満たしている。
 それらを絶えず消費しているのはグレンの相棒であるヴィオレ。
 平素、グレンはヴィオレよりも甘いものへの耐性が強い。というのも、Sランク冒険者として名を馳せるグレンは常人とはかけ離れた身体能力を誇り、悪くない燃費であっても体が消費したものを補いたがっているからだ。
 対するヴィオレは魔術師であり、強化も使わぬ常時の身体能力はグレンに遠く及ばない。けれど、術式の使用はそのまま頭脳労働である。魔術師とは一線を画する魔法使いにまで到るヴィオレは普段どうともないのだが、偶にどうしようもなく糖分を欲するときがあった。
 異世界へ訪れてから、糖分不足が起きた回数は多くない。一番最初はこの世界についてひたすら調べていたとき。あとはやはり調べ物や研究で不摂生をしたときや、日々の積み重ねによる発作のようなもの。
 現在は過度な心労による反動だ。
 王都を襲った異形の件はヴィオレを酷く打ちのめした。
 思考に沈み込み静の体勢を取って暫く、行動を決めたヴィオレは止めどない思考と集中で蓄積した疲労を散らすように買い込んだ菓子を宿の部屋で口に運び続けている。
 グレンは見ているだけで口の中が甘ったるくなるが、ヴィオレは平然とした様子でチョコレートを数枚纏めて口に運んで噛み砕いていた。

「お前、普段はそこまで食わねえだろ……」

 口の中は大丈夫なのか、と顔を顰めて問うグレンに、ヴィオレは濃い紫の目を向けてぽつりと落ちるような呟きで返す。

「甘くない」
「あ?」
「余程消耗したらしく、まったく甘く感じぬのだ。そうでなければ、今頃胸が悪くなっておるわ」

 ため息を吐くヴィオレの目の下には隈。

「……お前、休めてるか?」

 睡眠不足が顔に出るヴィオレが隈を作っている以上、彼がまともに睡眠を摂っていないのは明白だ。
 軍人としての習性か、ヴィオレは何処であっても眠ろうと思えば眠ることができる。無理やりにでも眠る必要を体に覚えさせているのだ。
 今後を考える段階は行動を決めた時点で過ぎている。こうして糖分摂取に勤しんでいるのならば、睡眠とてしっかりと摂るべきだと理解しているだろう。にも関わらず隈を作っているのは何故か。
「休んでいるか」ではなく「休めているか」とグレンが問うたように、ヴィオレの意思に体が反しているからだ。
 指先についたチョコレートを手ふきで拭ったヴィオレは、マグカップの中身を三分の一ほど飲み干しながら睫毛を伏せる。

「これら同様に、感じぬのだ」

 ヴィオレの視線が残り少なくなった菓子に向けられた。

「蓄積されているはずの疲労を認識できていないのか、体が疲れているように感じない」
「まずいだろ、それ」
「ああ。対処せねば倒れるであろうな」

 冷静に判断しているが、ヴィオレ自身参っている。
 目を瞑っても眠気は訪れず、体が重いともだるいとも感じない。しかし、自覚できないだけで疲労は蓄積され、前触れなく糸が切れるだろう。その瞬間が命取りにならないとどうして言える?
 休めるときには休むべきだ。切迫した現在では特に。
 薬や術式による強制された手段は取りたくない。いざというときの反応が遅れるからだ。
 憂い顔の相棒にグレンもまたため息を吐き、皿に残ったチョコレートへ指を伸ばす。
 いっそ下品なほど甘ったるい味に顰めた顔はなんとも凶悪だが、ヴィオレはおかしく思ったのかくつくつと笑った。

「あのな」
「うん?」
「んな状態になってんだったら、夜中だろうが気にせず来りゃいいだろうが」
「……眠れぬから構ってくれと言うには薹が立っておるわ」
「ガキだったら取れねえ手段だろ、良かったじゃねえか」

 椅子に掛けるヴィオレへ覆いかぶさるよう、グレンは立ったままヴィオレの肩に片手を置いて顔を寄せた。
 まったく、ふたりの関係において似合わない甘ったるい口付けは直前まで食んでいた菓子のせいだ。
 軽く重ねて、すり合わせて、唇が開けば水音。
 ヴィオレはグレンの背中に腕を伸ばし、互いの甘さを消すよう舌を絡める。

「目的が目的だ、加減はいらねえだろ?」
「……回復薬の効果は何処まで及ぶのであろうな」

 呼吸が荒くなるほどの口付けから考えられぬほど物騒な顔のグレンに「意識を飛ばしてやる」と言われ、ヴィオレが逃避混じりに呟いた内容はそれでも拒否どころか了解の意図を含んでいた。
 夜まで待つなどの行儀の良さは必要ない。
 ヴィオレは一秒でも早く休めればそれで良かったし、グレンは夜までぶっ通しでも余裕の体力がある。
 ベッドを共にするのはもう何度目かになるが、グレンにしろヴィオレにしろ互いの肌へ鬱血痕をつけたことはない。誰彼に主張したい所有権も独占欲も持っていないのだから自然なことだろう。ただ、相手の反応が愉快で肌を噛むことはあった。
 ぐちぐちと濡れた音のなか、皮膚の薄い内腿に歯を立てられてヴィオレの足が跳ねる。

「そなた、私にするよう女性を扱えば立派な暴力ぞ」
「面倒になるの分かっててやらねえよ」

 グレンがヴィオレの内腿に食い込んだ犬歯を抜いて言えば、自身の血肉をある程度管理しておきたいヴィオレはぶつぶつと文句を言った。その声が平素とは違った掠れを伴っているのが耳に心地よく、体をずらしてヴィオレの頭の横に潤滑油に光る手をついたグレンはするりと背中を撫でる手に長い髪を結ぶ紐を解かれ、広がった髪を一房強く引かれて喉を僅かに逸らした。
 内腿に対する仕返しだと思えば文句の言葉もないが、それにしても急所へ遠慮がないものだとグレンは首筋に食い込むヴィオレの歯に己の血液が巡る音を強く認識する。
 きっちりとやられた分と同じだけの深さを歯で穿ったヴィオレは、グレンの首筋に舌を這わせてからベッドに頭を戻した。グレンを見上げる顔は愉快そうで、隈がなければ泣かせてやりたいとすら思ったかもしれない。

「なあ、相棒殿」
「あ?」

 グレンの項でヴィオレの手が組まれる。

「早く私を寝かせてくれ」

 浮かぶ微笑は夢見るような穏やかさすらあって、なにをしている最中かを考えれば不似合いだが応えたグレンの表情もまた似たようなものだった。
 重なった唇に伏せられたヴィオレの瞼が、感じた圧迫感に鼻へ皺が寄るほど強く閉ざされる。
 呼気に湿った声すら口付けのなかに奪われ、確かに今までよりも容赦がないと我が身を襲う感覚にヴィオレは与えられる強制的な休息を確信した。
 だが、その確信はグレンの興が乗ってしまうことで些かずれることになる。

「失神したならそのまま寝かせぬか……っ!」
「おお、回復薬は枯れた喉にまで効くんだな」

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