小説
結ばれる糸
・オカマのシンデレラストーリー
ハァイ、アタシよ、オカマよ。
今でこそこうやってオカマである自分を割り切れたけど、昔は随分悩んだものだったわ。
女の子みたいな格好がしたいし、男の子を好きになっちゃうし、女の子みたいに男の子に愛されたい。でも、女の子になりたいわけじゃない。
自分でも自分がただのゲイなのか、性同一性障害なのか、分からなかったの。「風変わり」なアタシをお父さんは悪い子だって思って、厳しくすれば矯正できるって思ったらしくてね? その一環でそういうことを調べるのも儘ならなかったのよ。もし、部屋で心理学だろうとそういう部分に関わる本を見つけたら、お父さんはアタシのこと鯨尺の竹定規でばしばし叩いたんだから。
自分がおかしいんだって、ずっと思ってたわ。女の子の格好を我慢して、長くしてリボン結びたい髪を泣く泣く坊主にしたこともある。
でも、ある日ぷっつりきちゃったのよ。
切欠なんてないわ。
もうこの家ではやっていけない。お父さんが監視している地元でお父さんが死ぬまで我慢するなんて無理。
説得なんてしようとも思わなかった。
家出するみたいに上京したけど、当然厳しい目があることは変わらなかったわね。でも、許されている場所っていうのがある程度確立されていたわ。そりゃ、見世物小屋冷やかすみたいにやってくるひとはいたけど、周囲に自分と同じような思いをしたひとがいる、否定だけされるわけじゃないって、ずっとマシだと思ったの。いま思えば強がりね。そうやって素の自分でいられないところでは殊更男っぽく振る舞ったりして、逆にストレスだったかも。
ミックスバーで働いてもの慣れた頃、ニューハーフの店に移ったわ。
人間関係楽しいばかりではなかったのに矛盾するようだけど、楽しかった!
ショーのときはこれでもかと自己主張して、お客さんが笑顔に、元気になってくれるのがすっごく嬉しかったの。
自分がおかしいって思ってた頃はできるだけ内側に篭もるようにしていたけど、きっとアタシはぐいぐいいくほうが性に合っているんだわってすぐに気付いた。
毎晩まいばん楽しくて、笑って、泣いちゃうことも悔しくて仕方ないこともいっぱいあって、充実ってこういうことねなんて思っていたとき、ママがアタシに言ったわ。
店を持たないかですって。
最初、ママには失礼だけど詐欺かしらって思ったわ。ほら、ヤクザが店出さないか、お前ならすぐに資金の元を採れるって場所を紹介したら、そこが別の組の持ち物でどういうことじゃあって怒られて借金背負わされまくり酷使されまくり絞れるだけ絞ってぽい、裏では組同士繋がってましたってあれ。
後々ママに言ったら小突かれたけど、身内でもそうやって考えることを止めないしっかりものだから当時から安心だった、なんて言われてね。
でも、そんなこと知らないでしょ? すっごく悩んだのよ。
お店ではいつも通り振舞っていたけど、そろそろ片付けをってところでお客さんがきたの。入り口ちゃんとしなかったの誰よって思いながらも申し訳なかったわ。今日はもう、なんて口上、定番にするのは胸が痛んだのよ。だって、こんな時間にこういう店にって、よっぽどの酔っぱらいじゃなきゃ心の行き場がないひとが多いんだもの……でも、アタシはこの店の主人じゃない。調子にのって勝手はできないわ。
謝ってお帰りいただこうと思ったアタシだったけど、振り向いてぽかんとしたわ。
だって、すっごいイケメン。
身長高いんだけど、姿勢がいいのと顔が小さいのとでもっと高く見えたわ。腰の位置なんてちょっと神様の設計ミスっていうか贔屓を疑いたくなるほどよ。
それに繰り返すけどイケメンなのよ。すんごい男らしくて格好いい顔なのよ。
溢れた自信と自負から来てるっていまなら分かるけど、現実にきらきらして見えるようなイケメンにアタシは目を擦っちゃった。もちろん振りよ? だってメイクが汚くなっちゃう。
そんなイケメンの来店に気付いたママがもう閉めるけど少しならってイケメンをカウンターに座らせたのね。
イケメンはそのときそんなに話さなくて、ささっと帰っていったわ。お会計は多めにしてくれたけど。
あんなイケメンならもう一度見たいわねなんてママと話していた翌日、またイケメンが来たわ。今度はお客さんがはけていたけど、ギリギリ営業時間内。
アタシたちこぞってサービスしちゃった。
イケメンはそれからも何度か来てくれたわ。
でも、遅くに来るから帰るのも早いの。居座らないところは高ポイントなんだけど、居座ってくれてもいいのよ? なんてね。
その間もアタシはママとの話を考え続けていて、あるときママが奥に行く背中を見ながらため息を吐いちゃったのよ。慌てたわ。だって、すぐそばにイケメンが、お客さんがいるのにこんな態度!
「なにか悩み事か?」
イケメンの気さくな笑みは最高ね。
アタシは面白おかしく悩み事を誤魔化そうと思ったけど、イケメンが「ん?」なんて言って首を傾げる仕草はかわいいくせに、えらい眼力で見つめるものだからゲロってしまったわ……
「なるほど、返せるかも不安な資金を借りて新しくひとりで店を持つのが不安、そういうことだな?」
イケメンはアタシの話をまとめて、アタシがそれに頷くと突然指を鳴らしたの。
そりゃもういい音がしたわ。
そうしたら、一体何処に潜んでいたのか黒服の男が現れたのよ! 嘘じゃないわ!
しかも、その手には大きめのジュラルミンケース。
「こちらでよろしいでしょうか」
「ご苦労」
イケメンが頷くと黒服はアタシに向かってジュラルミンケースを開けたの。中? これだけの要素が揃えば分かるでしょ。ダンディな和服姿のおじさまが真面目な顔で鳥と描かれている日本銀行券の束がぎっしりよ。
「店舗も資金もオーナーとして俺が用意しよう」
なに言ってんのよ馬鹿言ってんじゃないわよ慌てふためいても、イケメンの口車は白バイに匹敵するものがあったわ。それでもなんとかその場で了承する軽はずみな真似は回避したのだけど、そこからイケメンによるターンよ。
勧誘勧誘勧誘勧誘!
あんたニューハーフの店に求人依頼しにきたのと言いたくなるほどだったけど、そう言わなかったのが段々勧誘じゃなくて口説かれているような気分になったからね。
こんなイケメンに冗談でも口説かれるなんて嬉しくないわけないけど、勧誘の一環なんだから辛かったわよ。
とうとう耐え兼ねてやめてよって怒鳴っちゃったわ。
オカマだからって馬鹿にしないでよ。あんたの顔にもお金にも釣られたりなんかしない、浮ついたとこ笑おうたってそうはいかないわ。
これが毅然と言えたら格好良かったんだけど、アタシ泣いちゃったのよ。
だって、イケメンたらアタシを勧誘する間、中身もイケメンな気遣いとか見せてくれてさ。言っちゃえば好きになってる部分もあったの。
だから、イケメンの思わせぶりな言動がそれ以上堪えられなかった。
そうしたらね、イケメンなんて言ったと思う?
好きな相手を馬鹿にする愚か者がどこにいる、だってさ。
顔は親からの貰いもので自慢にならないけど、お金は自分で稼いだもので自分が努力して得た魅力だから惹かれて欲しいとも言ってたかしら。
浮ついたところをそっくり掬い上げて食べることはあっても、笑ったりしない。笑うことがあっても嬉しいからだ、なんて正直よねえ……
アタシ、ぽかんとしちゃった。イケメンにはぽかんとさせられまくりだわ。
しかもね、そのときお店だったの。案の定お客さんははけてたけど、ママとかはいるわけ。
アタシ、まだ返事してないのに、真っ赤な顔色がもう十分返事だとか理屈つけて、ママが「おめでとう」って言いながらシャンパンの栓を抜いたわ。イケメンの高いスーツもアタシの仕事着もびしょびしょ。しかも、シャンパン代はお祝儀じゃなくてイケメンの会計に回されていたんだからママも強かね。
それで?
ええ、アタシはイケメンオーナーのお店でママをやっているわ。ゲイバーでもニューハーフの店でもなく、キャバクラだけどね。
オカマってことは言いふらしもしないけど、気付くひとは気付くし隠していないわ。女の子たちも慕ってくれて、幸せよ。
そうそう、この前ねアタシのことちょこちょこ調べてるお客さんがいたの。物騒な意味じゃないわ。ほら、あなたも学生の頃に友達の恋の橋渡しで見かけなかった? 恋の探偵さんよ。友人と来ていた姿を見ているから、その友人の頼みかしらね。でも、このお客さん……いいえ、なんでもないわ。
若いなあって微笑ましくなっちゃったのはアタシだけみたいでね、いえ、ちょっとアタシもまだまだイケるじゃないとか言ったのが悪かったんだけど、オーナーが餅を焼いたのよ。
相変わらず指を鳴らせば現れる黒服使って気張った格好した友人を連れた例のお客さんが来るのを見張らせたら、彼らが店に入る前にアタシを促して店の外へ出たわ。
オーナーはもう見るからに極上の男でしょ? それが肩書き名乗って、どれだけアタシに良くしてくれたか、将来を見据えているかを主張したら……告白なんてしようがないわよね。後で電話して外道って思わず言っちゃったわよ。
でも、あのひとやっぱり自分で手に入れたものしか自慢しないのよね。顔や実家、両親や親戚の肩書きを持ちだしたことってないわ。
結局、オーナーのことをどう思っているかって?
好きよ。当然じゃない。
外道とか言っておいてなんだけどね、あのひとが焼き餅の一つも焼かないまま平気でアタシが告白されるの許していたら、たとえアタシが断るのを見越していたからであろうと、傷ついていたと思うわ。
あのひと、アタシのそういうとこも分かっていたんでしょうね。ほんっと、いい男!
ふふ、いいでしょ? あのひとはアタシのダーリンなんだから、アンタは他所で探しなさいよ。妬んだってだめよ?
ひとのもの欲しがったってそうはいかないんだからね、このおブス!
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