小説
会長に抜かりはない〈手ぐすね〉



 いつものようにと言うと非常にしょっぱいものがこみ上げるのだが、いつものように会長の手で寮の特別室へと引きずり込まれた賢治。肉食系の本性を賢治の前では隠さなくなった会長だが、流石に真っ直ぐベッド直行になることは多くない。ないわけではないのが悲しいことであるのか、十代後半らしい性欲を持つ賢治にはいまいち判定が難しい。
 会長お手製の夏野菜カレーはさらさらしたルーの刺激的な辛さが食欲を誘う逸品で、賢治は二杯ほどお代わりをした。
 二杯目のお代わりを食べている途中、つけていたテレビで心霊番組が始まる。実話を元にしたドラマ仕立てではなく、曰くつき物件を訪れる肝試し仕様の番組では女性リポーターが大げさな悲鳴を上げていた。

「賢治は肝試しとかホラー映画ってどうなんだ?」
「リアルで体験したことねえしなあ……まあ、演出でびっくりすることはある」

 会長は? と訊ねた賢治の前で、会長はきゅっと握った両手を口元にあてていかにも怯えています、という表情を作る。

「すごく怖くて仕方がない、丁度明日から連休だ。ひとりで過ごすなんて恐ろしくてとてもできない。賢治泊まれ」

 もはや、番組を把握していた会長が最初から仕組んでいたとしか賢治には思えない流れである。ここでどれだけ言葉を尽くそうと会長相手では無駄ムダむだ。尽くした言葉の分だけ酸素を消費し二酸化炭素を増やすだけである。地球環境のためにも賢治は「あ、はい。連休中お世話になります」と応えるしかない。
 幸いというべきなのかやはり賢治には判断できないのだが、会長と恋人という関係になってから会長の部屋には賢治の私物が置いてある。着替えであったり歯ブラシであったりマグカップであったり。日本は属人器の文化があるにしても、寮でそれぞれ別の寝泊まりする部屋を持ちながら相手の部屋に自身の属人器が置かれているのはなんとも言えぬ気恥ずかしさがある。賢治嘘ついた。気恥ずかしさを感じる繊細さはあまりない。ただただ会長の積極性に圧倒されるばかりである。
 第三者が見れば賢治は気付いたら会長の伴侶として公に認知されていそうだと指摘しただろうが、そんな未来を察知できていれば賢治は現在こんな状況になかっただろう。
 食事が終わっても心霊番組は続く。
 食後のお茶を用意してくれた会長は賢治の隣にいそいそと寄り添って、脅かし場面のたびにひしっと抱きつき、それ以外の場面で「怖いわー、マジ今日眠れそうにないわー」と言いながら賢治にしがみついていた。賢治の徹夜確定である。

「あー、そういや……」
「ん?」
「肝試しの話がFで出てたの思い出した」

 賢治の口ぶりに会長は促すような視線を送る。
 先日もつぶ餡こし餡戦争が起きたFクラスでは、夏という季節もあり肝試しを行おうではないかという風潮が高まっている。
 とは言っても夏休みに帰省しているところに集まるのは面倒という意見もあり、夏休み前の学園敷地内で行うことになりそうだ。
 賢治はいまのところ参加表明をしていない。
 だが、ビビリ判定人としてやはり中立の立場での参加を求められており、なんだかなあ、と思っている次第だ。
 生徒の模範であるべき会長は消灯時間過ぎに複数の生徒が寮を抜け出す計画を立てていると聞いても一向に窘める気配はない。そういうのは風紀の仕事であり、計画に気付けないのは風紀の怠慢であるといつかそれとなく言っていた。会長が非常にイイ性格をしているのは賢治も知るところではあるが、恋人の前ではもう少し隠すべきなのではないかと思わなくもない。賢治としてはぶりっ子が好きなわけではないので構わないのだが、あくまで一般論として。

「肝試しか……よしよし、賢治次のデートはお化け屋敷に行こうぜ!」
「……不思議だな、提案された段階なのに俺は会長がお化け屋敷のなかで俺に抱きつきっぱなしでお化け屋敷から出たら恐怖を忘れたいという理由でラブホに連れ込まれ一人じゃ眠れないという理由で朝までコースなのが目に浮かぶんだ」
「流石だな、賢治。恋人のことをよく分かってるじゃないか。これが以心伝心というやつか。俺たちのベストカップルぶりが現れているぞ」

 まあいいのだが、と賢治は横目で会長を見る。にこにこにこにこ、会長はアダルトな予定を立てているとは思えないほどに無邪気な笑みだ。
 会長のこういう表情が時々ずるいと賢治は思ってしまう。
 惚れた相手から全力の好意を寄せられて悪い気のする男はいない。好意の示し方が噛み合わずにすれ違う恋人同士もいるが、賢治にとって会長の好意は嬉しいものだ。
 何気なく携帯電話を取り出した手でお化け屋敷の検索を初めてしまう辺りで、会長も賢治が自身の好意を重く思っていないことを理解しているだろう。
 くふくふと上機嫌な笑声を零しながら擦り寄る会長を、賢治は携帯電話を操作していないほうの手でよしよしと撫でる。

「ああ、そうだ」
「んー?」
「Fクラスでの肝試しは行っちゃやだな!」

 かわいこぶって言い出す会長に「Why?」と訊き返せば、会長はさも当然であるかのように言った。

「恋人を吊り橋に立たせる奴がいたらそいつはとんだ間抜けだぞ?」

 会長は賢治に吊り橋効果を発揮させる気も、吊り橋効果発揮させた誰かが賢治に近づく可能性も根本から潰す。
「わあ、俺って愛されてるう」と賢治が視線を飛ばした先で、心霊番組が恋人の浮気で自殺した悪霊の心霊写真を取り上げていた。

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