小説
こういうこともある〈GV〉
・グレン×ヴィオレ
・恋愛感情なし
・描写はありませんが性の記載があります
装備が仕上がるまでの間についての話でヴィオレの部屋を訪ったグレンは、ついでに訊かれた腕の調子を実際に預けることで確認させていた。
簡単に脱げる私服だったために上半身を潔く脱いだグレンの腕を、剥き出しの肩からなぞるヴィオレの指先には淡い光が灯っていて少しだけ擽ったい。
無言のヴィオレが動きを止めたのは、丁度腕が千切れた境。今ではそんな重傷の影もないが、ヴィオレがいなければそこでグレンの腕は途切れていただろう。いや、古代種が相手である。そも、この場に生きて存在していたかも怪しい。
「記憶通りの動きに支障はないのだな?」
「ああ」
「筋肉も骨も動きについていっておらぬ様子もない……うむ、問題ないな」
頷いたヴィオレが指先から光を消せば、独特の温度があったのか少し空気がひやりとした。その感触を消すように腕をさすりながら、グレンはヴィオレの胴に視線を向ける。
風呂屋で見た体には幾つもの傷があったけれど、どれも重傷とは思えないものばかりだ。
ドラゴンにごっそりと持って行かれた脇腹の肉はすぐに回復薬を使ったおかげにせよ、十年もの大戦を経験しておきながらあまりにもきれいなヴィオレの体はグレンの目には些か不自然に映るほど。
思い出せば引っかかる記憶に、グレンは座っていたベッドから立ち上がったヴィオレの腕を掴んで引き止める。
「なんぞ」
問いかける声を無視し、べろりと白いシャツを捲ろうとするも、きっちり釦を留めた細身のシャツは途中で引っかかった。舌打ちを一つ、グレンは釦に手をかける。
「……そなた、なにをしておるのだ」
なにをしているのか。
相棒の服の釦を外している、つまり、服を脱がしている。
言葉にするにはあまりにも危険な答えを口に出すのが面倒で、結局グレンは無言のまま二つ目の釦を外す。ちらりと覗いた臍が三つ目の釦を外したことで露になった。
ここまでくるとシャツを捲るのも簡単で、グレンの眼前にヴィオレの白い腹が晒される。
グレンには及ばないが、鍛えられた腹にはやはり痛々しいほど目立つ傷跡はない。
「きれいなもんだな」
「…………いきなりひとの服に手をかけた挙句の発言がそれか」
「傷の話だ」
「ああ……」
グレンから距離をとるように顎を引いたヴィオレが納得したような声を出す。
自分から釦を外したヴィオレはシャツの前を開くと、うっすらと傷跡走る肌をグレンにしたよう指先でなぞった。
「今でこそ斯様に薄い痕跡しか残っておらぬが、負った当初は死にかけたものぞ」
「へえ」
そんな傷跡には見えないが、治療が余程よかったのだろう。それとも、と思ったところでグレンはヴィオレの腹から視線を上げる。
「そういや、お前って血とかも早々ばら撒けねえんだろ?」
「その物言いからすると私に限った話ではないと思うがな。左様、一々回収しきれるものではないが、片付けられるときはそうしておる。あまり落としておきたくないのでな」
「シモの処理はどうしてんだよ」
沈黙。
「適当に」
「……ああ、なるほど」
数度頷き、グレンはベッドのそばに立ったままのヴィオレをとん、と押した。ごく軽い仕草だが、行ったのはグレンである。僅かに揺れたヴィオレの足元を払えば彼がベッドに仰向けで倒れるのは易い。
ベッド下に落ちたままの脚を拾いながら自身もベッドへ乗り上げれば、濃い紫の眼差しが凝視してきた。
「おい、凄まじく訊きたくないが、そなた何を考えておる」
「あ? 別に妙なことはしねえよ。抜いてやるだけだ」
ヴィオレが絶句した間に、グレンは下衣へと手をかける。
グレンには疚しい気持ちなどない。
血肉に魔力宿るのであれば、その他の体液とてそれは然り。不要なものとして排泄されたものならばともかく、精液などは別なのだ。固有魔力が桁違いで血肉に宿る濃度も凄まじいヴィオレであれば、なるほど、娼館などに赴くわけにもいかないだろう。もとの世界では専属の人間なりがいたのかもしれないが、この世界では望むべくもない。
ならば自分で処理するしかないのだが、なにかと徹夜やらするヴィオレがそちらにまめな対応をしているとは思えない。
だったら気づいた自分がやってやろう。
疚しい気持ちどころか、グレンには親切心しかなかった。
いや、他にもある。
戦うものとして、生存本能を刺激されたときの性欲をグレンも知っている。自身は娼館を使えるからいいが、そうでないヴィオレに対して僅かながら同情心が湧くのは同性として自然なことだった。
「血止めの油でいいか」
「待て、そなたの気遣いは不要ぞ。おい、聞け……」
寛げられた前にポケットから取り出した傷薬の一種を垂らせば、ヴィオレは盛大にため息を吐きながら指先を振る。部屋の隅、全力で空気を読んでいたマシェリが瞼を落とした。
ひどい投げやりの表情を半分片腕で隠すヴィオレは、それでも呆れたような視線をグレンに送っている。
グレンは口角を片方持ち上げ、片手を動かした。
傷薬のおかげで随分と濡れた音がする。
ヴィオレは瞼を閉ざしたのか途中から視線を感じなくなり、代わりに常より弾んだ呼吸が水音と交じる。
「そういや」
「そなたのその口上に嫌な予感しかせぬが、なんぞ」
「お前の声ってヤってるときはそっち方面で作用すんの?」
魔力に干渉する声は、時に相手の固有魔力にも及びリフショールのギルドで見せたように抗魔力によっては相手を操ることもできる。
ならば、ヴィオレ自身の精神状態によっては、干渉の仕方も変わるのではないだろうか。
グレンの疑問に対し、ヴィオレは「戦場の極限状態を知る私の制御がこの程度で外れると思うておるのか」と返す。ご尤も。
応えのためか律儀に腕をどけて目を開けたヴィオレの顔は、流石にグレンの見たことがないものだった。
小奇麗に整った顔は常にない悩ましげな表情で、揺らめく濃い紫は間違いなく情欲を灯しているし小刻みの呼吸は熱い。
(あー……まずいな)
純粋な親切だったのだが、と血液が溜まり始めた自身にグレンは内心で舌を打つ。古代種という絶対強者との戦いのあと、グレンとてなんの発散もしていなかったのだ。
自分のことに意識がとられたからか、グレンはヴィオレの上げた切羽詰まった制止の声を聞き逃した。いや、聞こえはしたのだが、認識が遅れたのだ。
今までで一番大きな声はそれでも低く抑えられ、だからこそ堪えきれなかったのだと聞くものに知らせる。ぐっと体を丸めようにも下肢がグレンのもとにあるからだろう、ままならない体勢の代わりとばかりに両腿がぐっとグレンの体を一瞬締め付けた。
大きく上下する胸と荒い呼吸をそのままにヴィオレが後ろ手をつきながら状態を僅かに起こせば、下腹に滴ったものが重力に従って流れる。
整わない呼吸のせいで半開きの唇は噛み締めていたのか、常よりもずっと赤くなり濡れていた。その奥に覗いた舌を見つけたところまでがグレンの限界だった。
性急に立ち上がった拍子に、グレンの腿に下肢を預けていたヴィオレはベッドの下へと転がりそうになる。咄嗟であっても濡れていないほうの腕を使えたのは素晴らしいとグレンが己を褒められたのは、ほんの数秒にも満たない時間。落ちないように抱き寄せるように拾い上げれば、体は当然ながら密着する。
「……おい」
「うるせえよ。てめえの部屋でどうにかするから黙ってろ」
乱暴にならないようにヴィオレをベッドに戻せば、いまの衝撃で傷薬その他が半端にしか脱がされていなかった服を汚していた。ヴィオレはそれらを一瞥してから無造作に脱ぎ捨て、グレンに向かって視線を流す。
「――ここまでくればどこまでいこうと同じよな」
窺うように上げられた柳眉に、一瞬間をおいたグレンは再び自身もベッドへと乗り上げる。
「合意がねえのは趣味じゃねえんだが?」
先日の言葉をなぞるグレンに、ヴィオレが声を上げて笑った。
「そなたの好きにするがよかろう?」
同じくグレンの言葉をなぞるヴィオレに獰猛な笑みを向け、グレンは薄い傷跡ちらばる体をシーツへと倒す。
男の体は単純だ。
快楽さえあれば感情などなくとも事に及べる。
征服欲など欠片も湧かない相手、対等な関係を崩そうなどという思考はちらりとも浮かばない。屈服させたいわけではなく、単純に心地よいものを分け合うだけ。むしろ、恋人や夫婦間のやりとりよりも平等で行儀がいいのではないだろうか。
噴飯物の思考が合致したわけではないだろうが、グレンはヴィオレと視線が合ったとき彼と同時に笑う。気持ちがいいのは確かだが、それ以上に何故か愉快だ。
奇妙な愉快は三十路男がふたり、裸になって一つのベッドで泥のように眠るまで続き、目が覚めたときには余韻も残さず消えていた。
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