小説
二十八話



 見たことのある魔物の特徴が混ざり合って、見たことのない異形となった巨大な生き物。
 王宮を執拗に狙う複数の異形には魔法使いたちが攻撃を繰り返し、前衛たちが足を狙うが、その防御力の前に集団行使する魔法でも大きな打撃は与えられず、その大きさの前に一挙一動で前衛たちは吹っ飛ばされる。
 空から現れた異形は今や地面に足をつけている。王宮を狙ってくれたのはある意味で助かった。王宮の周囲は広大な広場で森に繋がる部分もある。人びとの暮らす居住区には少し距離があるのだ。けれど、
いつまでも異形が王宮に固執するとは限らない。王宮を離れて暴れだせばあっという間に王都は天災に見舞われたのと大差なくなるだろう。
 十体ほどいた異形は現在二体まで倒されている。だが、三体目には中々たどり着けない。一体は王宮から放たれた砲撃が大打撃を与えてくれた部分が大きいし、二体目に集中砲火すれば魔力の消耗は激しい。
 それでも、とグレンは走りながら思う。

「古代種よかずっとつまんねえだろ」

 足止めに必死な様子の前衛たちを飛び越えるように跳躍。
 五メートルはあろうかという異形の腹近くまで跳んだグレンはそのまま剣を一閃、その剣閃の結果が現れるより早く異形を蹴って次の場所へ、グレンの背後で割裂かれた腹から中身をぶち撒けてぐらりと異形が倒れる。
 防御力や巨体に見合った腕力、砲撃魔法を備える異形だが知能はお粗末に過ぎるらしく、グレンという屠殺者が近づいても異形は愚直に王宮へ向かう。
 異形の体を蹴って移動したグレンは、障壁を叩こうとする腕を一刀のもとに斬り落とす。ただ屠るだけであるなら腕一本とることに大した意味はない。だが、いつの間にか「在り方」を変えた障壁に見知った紫黒の気配を感じたグレンは、醜怪ですらある異形が伸ばす手を烏滸の沙汰と判じた。障壁に届く手がなくなった、ひとの頭を五つも六つも寄せ集めたような黄緑の目玉が埋まる異形の頭部らしき場所をグレンは肩から移動するついでに等しい動作で横真っ二つに持っていく。滑り落ちていく頭部とともに倒れる異形を蹴って着地したのはがばりと肉の色生々しい大口を開けて砲撃を放とうとしていた異形の胸、深々と剣を突き刺したグレンはその異形を蹴って抉るように剣を抜いて地面へ着地すると両の足を目にも留まらぬ速さで絶ち切った。体勢を崩した異形は口の中に溜めた魔力を暴発させ、自らの後頭部を吹き飛ばす。びちゃりびちゃりと降り注ぐ肉の下にしかしグレンの姿はない。既に三体の異形を屠りながらグレンは止まらない。まだ五体の異形がいる。まだ、というのは客観的な言葉だろう。グレンにとってはたった五体だ。もうたった五体しか残っていない。

「ただの的じゃねえか」

 低い知性なりになにか鬱陶しいもの、煩わしいものがあるとようやく感じた異形の一体が砲撃魔法をグレンに向ける。その異形は他の異形の奥、グレンにもっとも遠い位置にいる。他の異形を巻き込むことになにかを考えることもできない異形に辿り着く前、砲撃がグレンに放たれるだろう。だが、グレンこそ向かうことを止めない。
 眩さは白に通じる。古代種より得た素材が作り出す白には穢れ無き清廉さすら感じるものを、異形の放つ閃光にも似た砲撃にグレンの感覚はなにひとつ囚われない。清廉どころか、なにか粘りつくような重たく必死に手を伸ばすのにも似た砲撃魔法が身に届くまでの須臾、グレンは確かに口角を上げる。
 グレンの行いは確かに国の危機に舞い降りた英雄が如きだけれど、その顔を見て誰が英雄などという希望と気高さ背負う願いの果てにある都合のいい存在を思い浮かべるだろう。
 戦いに昂揚を、享楽を、我欲を見出し、人間そのものの至福に耽る惨忍さすら窺える笑み。
 人びとが望むままに英雄足らんとする人間がいれば、その力量と人間性に覚えるのは憧憬と羨望を超えて絶望だろう。
 グレンの剣に収まる魔石も既に創り手の意思を離れて担い手へと馴染んだか、歓喜するかのように明滅して刃へとその力を浸透させる。
 ひとの身を焼き尽くそうとする砲撃を真っ向から叩き斬った剣は、そのまま砲撃の軌道のすぐ傍にいた異形すらも屠った。
 殆ど地上に戻らぬまま異形を屠り続ける渦炎を見上げる前衛たちの目には、グレンがまさしく踊る炎の渦のように映る。その炎は魔物とひとで区別することなく渦に巻き込み、血潮の色で更に赤さを増して燃え上がるのだろう。
 気づけば残るは一体。
 どれほどの力があるのか、どれほどの技量があるのか、異形の頭を真っ直ぐ下に向かって割っていくグレンの剣は持ち主が地面へ両足をつけるまで一切の勢いを殺すことがなかった。
 ダンッと音を立てたグレンの足元、地面が陥没して周囲に罅が入る。剣についた血肉払う動作に誘われたか、異形は縦二分割の体で倒れた。

「物足りねえな。追加オーダーはどこで受け付けてんだよ」

 ほぼ一人で異形を屠り切ったグレンはまだ剣を収めない。左右へ揺れた視線、その視界に入ることを恐れた兵士や冒険者など端から意識にも留めずグレンは再び走りだす。グレンの獲物は異形だけではない。ヴィオレが、相棒が王都の外で堰き止める魔物の大軍が残っているのだ。
 より数が多いほうへ、より危険なほうへ、より命に爪牙が近いほうへ、グレンは躊躇なく疾走る。
 赤い髪の軌跡に魔物の大軍思い出し、慌てて追いかけるものたちがようやく王都を覆う障壁の外へ出たとき、そこは既に魔物の屍山血河。その向こうには沈み始めた太陽、夕陽を背景に臓物散らす魔物の影が打ち上げられる。

「……化け物だ」

 この場において誰よりも讃えられるべき功績誇るグレンへ呟かれた暴言を、叱咤するものもできるものも誰もいなかった。

[*前へ][小説一覧][次へ#]

あきゅろす。
無料HPエムペ!