小説
二十話



 GVがグレンの限界という果ての見えない挑戦をしている一方、不穏の影は徐々に広がり続けていた。
 村人全員の消失ほど奇怪で衝撃的な事件ではないものの、小規模であるからこそ人びとの不安感を煽る事件は連続誘拐というものだ。
 ある日突然、さっきまで笑っていたひと、泣いていたこどもがいなくなる。散歩に出かけた老人が帰ってこない、帰ってきた夫を出迎える妻がいない。
 一つの村や街でのみ起こったものではないから、最初は関連付けられることがなかった。しかし、それぞれの領地で起きた事件を纏めたものを更に纏めれば、その異常性は一目瞭然。
 数日だ。たった数日で五十人以上が方々から消えた。最初の村人消失事件を含めれば、エクリプスの国民が数日の間に百人以上何処へと消えたことになる。そして、今もどこかで誰かが姿を消している可能性があった。
 違法な奴隷商があちこちから商品を集めているのかと思えば、そういった様子もない。

「こどもだけならばともかく、大の男もとなると個人では難しいでしょう。しかし、集団である気配もない」
「実行可能な個人というなら、魔法使いでしょうな。現場の魔法解析はどうなっている?」

 集まっているのはエクリプスに領地を預かる貴族たち。
 領民とはそれ即ち財産である。土地だけあっても領民がいなければ得られる実りなど殆どない。領民に対して非道な仕打ちをする領主とて、彼らがいることを前提としているのだ。
 件の連続誘拐事件について情報を交わす領主たちの顔は深刻である。

「現場の解析では僅かに魔力の残滓がありましたが……」
「どうした」
「いえ、直接事件と結び付けられる類であるのか、確証がありません」

 いいから報告しろ、と促され、報告書に視線を落としていた男はぐっと顔を上げた。

「雷属性の魔法の痕跡が、少々」

 途端に場は怪訝の色に染まる。
 転移や幻術の類であるならば話は早い。だが、雷属性である。報告書に上がった以上は殆どの現場に痕跡があったのだろうが……

「それが、なんなのだ」
「雷属性と誘拐、どう考えても関係ないだろう」
「誘拐があったとされる日、現場の天候はどうだったかね?」

 魔法で自然属性をそのまま発現させたものと、自然現象は違うものだ。天候などなんの関係もない。分かっていて揶揄するのは、それだけ突飛な話に聞こえるからである。
 報告した男もこの反応を分かっていたし、自分でも似たような気持ちがあるため「あくまで一つの共通事項の報告です」と述べるのみだ。

「その報告書、宮廷魔法使いには既に?」
「はい。ですが、ひとの消失が攻撃によるものであるなら雷属性も有効、しかし、その場合は周囲にも影響が残るとのことです」
「その場で消し炭にされたわけではない、と。それはそうだろう。なんのためにだ」
「身代金要求などもなく、犯人は集めた人びとでなにをしようとしているのか」

 誰もが暗い顔をする。良い想像など、できるはずがなかった。

「とにかく、今は多くの情報が必要だ。宮廷魔法使いだけでは限界があるかもしれん。彼らとの兼ね合いもある、陛下に許可を頂きリベルの研究者や著名な魔法使いからの意見も集めよう」



 味気ない食事が続くというのはそれだけで気分が滅入るものだが、逆に美味しければ楽しみができて行動のメリハリにもなる。
 ほいほい湧いてくる魔物が低ランク迷宮のボス程度になった頃、階層の仕様が鬱蒼と生い茂る大自然に変わった。迷宮を「自然」と分類していいのかは不明だが、どれほど人工的に見えるものがあふれていても迷宮自体は自然発生するのだから問題ないだろう。

「ご主人、ご主人。あれ、リベルの図書館で見た薬草じゃない? この辺り採取天国よ」

 グレンが突進の勢いを殺さぬまま曲がることを覚えた巨大猪のような魔物をぶち殺しまくって血なまぐさいなか、マシェリのはしゃいだ声がひどい落差だ。
 最上級の回復薬に使われる材料は、流石に採取が難しいものが多い。標高云千メートルの山頂の雪深く地面の中にあるだとか、都市を三つも四つも抱え込めそうなほどに広い湖の中心に決まった時間だけ顔を出す魚の鱗だとか。
 マシェリが見つけた薬草は、採取地はそこそこで済むが保存がとにかく難しい代物だ。
 摘んだ瞬間に枯れるし、やり方によっては触れただけで傷つく。摘む前に凍らせるか、乾燥させれば問題なく採取できるのだがそれらは芯まで行わなければならない。また、凍らせても溶け始めてしまえばすぐにだめになってしまうし、摘む前に乾燥させたものは効果が少し落ちる。一定量に常時魔法をかけ続ける必要があるため、専門の魔法使いがいるほどだ。

「あの薬草ほどではございませんが、他にも珍しい薬草がありますわね。迷宮からのお情けでしょうか」

 真実情けであるのなら、落ち着いて採取をしていられない巨大猪の魔物が走り回ってなどいない。
 だが、グレンが相手をしている以上、ヴィオレにしろクウランクッカにしろ薬草の物色ができるほど余裕があった。だが、余裕があるのはグレンも同じ。ヴィオレとクウランクッカがいざ、と思ったところで最後の猪の口から腹半ばまでに剣を突き刺し絶命させる。

「……ごゆっくりどーぞ」

 呆れた顔が引っかかるが、心優しい戦闘狂の厚意をヴィオレはしっかりと頂く。
 ヴィオレとしては回復薬に使われる薬草が非常に欲しいのだが、グレンの様子からしてまだまだ先に進める。ならば、持ち歩くのが難しそうだ。
 常時凍らせる程度どうということもないし、乾燥とて然り。だが、凍らせたものを持って歩くのは不便だ。空間術式に放り込んでも時間が経てば溶けるし、空間術式の中にある特定のものにだけ術式を使うことはできない。だからといって一々取り出すのは手間だし、効果を損ねるのは嫌だ。
 クウランクッカが適当に採取を終えたのに対し、なにも採取せぬまま難しい顔をするヴィオレにグレンが「なに悩んでんだ」と声をかけるので、ヴィオレは助けを期待しないまま次第を説明した。

「凍らせるか、乾燥ねえ……」
「仕様が不規則に変動することを思えば次来れるとも限らぬ。効果が下がるのは譲歩するべきか……」
「なあ」
「なんぞ」

 ヴィオレが諦めかけたとき、グレンがただただ疑問を述べる。

「凍らせたあとに乾燥させたらどうなんの?」

 まばたきを一つ。
 ヴィオレは素早く薬草を見つめる。
 必要になった場面がないため、そういった術式の重ねがけをヴィオレがしたことはない。だが、と頭で目まぐるしく巡る理論と仮説。ティミッドへ落とした雷のように、術式で直接起こさなくても別の術式同士を組み合わせることで発現するものは多い。組み合わせだけでなく、単体でも使い方次第で術式は、魔法は、効果が様々なのだ。ヴィオレの祖国では化学と呼ばれる考え方である。
 希少な薬草がだめになるかもしれないという危惧はあったが、ヴィオレは躊躇なく検証を始めた。
 結果。

「見た目は凍っているみてえだな」
「霜はございませんけれど」

 薬草からは水分が完全になくなっていて、冷たくもない。
 おお、とヴィオレは感動に目を輝かせる。新たなる発見を前に、例え薬草から効果が落ちていたとしても構わない。

「それ、どうやって戻すんだ?」
「粉末にして使う故このままでも問題ないが、形は恐らく湯を浴びせることで戻るであろうな」
「そうか、湯、で……おい」
「なんぞ」

 急に何かへ気づいたような顔と声音になるグレン。だが、先ほどの発想といい、今日のグレンは二度目になる天才の閃きを発揮する。

「それ、料理に応用できるんじゃね?」
「戻す際を考え、味付けを濃い目にすれば……有り得ますわね?」

 乾燥状態なのでそのままにしておけば長持ちして、戻せば柔らかい料理にもなる。
 冒険者飯界に革命が起きる瞬間であった。

[*前へ][小説一覧][次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!