小説
十八話



 長年冒険者の第一線で活動を続けたグレンと、やろうと思えば魔石を気紛れに売り飛ばせるヴィオレは金に困っていない。
 故に、今回の依頼は完全なるグレンの趣味であり、ヴィオレの口をひん曲げる代物だ。

「そなた一人で行くがよかろう」
「魔力行使できねえと進めねえ扉がある」

 戻ったばかりの街から少し離れた場所へ新たに出現した迷宮は些か変わっていて、最奥というものが存在しない。
 無限に現れる魔物を倒して奥へ進んで倒して進んでをひったすら繰り返す仕様だ。
 進むごとに魔物は強くなり、最奥が存在しないのだから自身の限界まで挑める仕様に強者と出会う確率そのものが少ないグレンが胸踊らないわけがない。
 是非、いますぐ、ハリーハリーハリーとばかりのグレンの様子にしかし、ヴィオレは気乗りしなかった。
 当然である。
 ヴィオレは戦闘狂ではない。
 一階層攻略ごとに金の詰まった宝箱が現れるが、魔道具は現れないという迷宮にどうして心惹かれようか。

「そなたが限界まで挑む? 何日迷宮に篭もる気ぞ。途中に敷かれた魔法陣により即時戻れる仕様とはいえ、単独で戻っても再びそなたのもとへ転移できるわけでなし」

 グレンの限界付近に付き合うのすらヴィオレにとっては遠慮したいが、そこは付き合えないわけではない。

「どうしても、だめか?」

 しおらしい台詞と眉を下げた表情を作るグレンだが、心底白々しい代物だ。ヴィオレは騙されない。
 魔力行使が必要なだけであれば他の冒険者を簡易パーティとして募集すればいいが、ヴィオレという魔法使いをおいて募集したパーティを連れて行けばまたなんやかんやと騒がれるだろう。それが面倒というのもあるが、グレン自身ヴィオレを差し置いて誰かを伴う気はない。そうでなければ長い間ソロで活動などしていないのだから。
 魔力行使ができず今まで何度悔しい思いをして、迷宮に対して理不尽だと舌打ちしてきただろう。
 現在はヴィオレがいる。それなのにこんな自分にとって大好物としか言いようのない迷宮を、どうして諦め切れようか。
 いつになく食い下がるグレンはふと発想の転換を思いつき、眉間に皺を寄せるヴィオレへ提案する。

「簡易パーティの募集かけるぞ。要はお前の不満を解消できりゃいいんだろ」
「……難しい条件となりそうであるが、そうさな。決まれば私も文句は言わぬよ」

 ヴィオレが気乗りしない最たる理由。それは――



「おい、GVが簡易パーティの募集かけてるって知ってるか?」
「マジかよ!」
「例の無限迷宮の同行者募集らしいぜ」
「へえ。でも、渦炎と渦炎についていける魔法使い揃ってて、どんな募集だよ」
「それがさ……」

 話に聞いた新しい迷宮の仕様に惹かれて王都を出てきたクウランクッカは、ギルドの冒険者専用掲示板の前に立ってこっくりと首を傾げる。その周囲ではGVに関する話題でわいわいと賑やかだ。
 クウランクッカの視線の先、冒険者の間で盛り上がっている噂の証明がギルドのサインとともに書類となって貼りだされていた。
「依頼者 BランクパーティGV
 依頼内容 無限迷宮への同行及び飯炊き
 条件 料理経験があり、最低でも三日間二食レパートリーが被らず、甘い、しょっぱい、辛い、酸っぱいの味の区別がつき、出汁の必要性と効果を理解している者。
 材料費は全てGVが持ちますが、調理器具はご持参ください。必要あれば材料ともにGVのポケットへ収納可能。
 身の安全は障壁により魔法使いが守りますが、一日休みなく歩き回れる体力に自信のない方はご遠慮ください。
 報酬 階層攻略で発生する金銭の合計から半分」
 簡易とはいえ募集されるパーティ要員としては極めて珍しい条件というか、つまりは体力のある料理人を求めている。しかし、まさかほんとうに料理人を連れて行くわけにはいかないが故に冒険者ギルドへ依頼を出したのだろう。
 冒険者とて美味しいご飯は好きだが、就業中はそれらを後回しにして当然になるため料理の腕が高い冒険者というのはそう多くない。
 GV、グレンとヴィオレもその部類なのだろう、とクウランクッカは報酬へ視線を移す。
 その辺の、といってしまうとおかしいが、平均的なBランクパーティが稼いだ金銭の半分というのは、いってもそこそこ程度だろう。しかし、GVである。渦炎というだけでも相当な金銭を稼ぐだろうところに、今では渦炎が認める魔法使いも加わっているのだ。
 金を稼ぐことを考えたら相当美味しい。
 それでも、申し込みがされていないからこそ依頼書が貼られたままなのだろう。それとも、申し込んでも実績から却下されたか。
 やはり、料理が得意な冒険者というのが一番難しい条件だ。
 クウランクッカはにこり、と微笑む。
 繊手が依頼書に伸びて剥がすと、クウランクッカは周囲が注目するのを気にも留めずに受付へ向かった。
 クウランクッカ・ルミミュルスキュ。氷の大地出身の彼女は少ない食料で少しでも調理方法を増やそうと試行錯誤を重ねてきた民族にして、受け継がれし料理への探究心は食料豊富な外の世界へ出てからも変わらぬ数少ない料理上手な冒険者である。
 ソロのBランクとして体力などの面も問題なく認められたクウランクッカは、ギルド職員から「GVは男性二名のパーティですが」と説明されても笑顔で了解していると告げ、GVへ連絡して認可が下りるのを楽しみに待った。

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