小説
十七話



 どこかで躊躇していた。いや、遠慮だったのかもしれない。
 人間を動力にする。
 倫理的に問題視されるかもしれないけれど、大きな発展のためには必要な犠牲だ。
 それにほんとうに人間が倫理を重視しているのなら、階級制度などあるわけがないのだ。金銭で人間が売り買いされるわけがないのだ。
 他者を敬い、命を大切に、なんて自身をきれいに見せたいだけの空虚な言葉でしかない。
 発展のために進歩のために、そのための礎となるのならそれは生家や流れる血で決まる価値よりもよほど尊い。

「奴隷と蔑まれたお前たちでも、きっと世界中の人びとが感謝して崇めるようになるんだよ」

 悲鳴悲鳴悲鳴悲鳴。
 溢れる涙と血潮はいずれ小川にでもなるのかしら。

「まだまだ足りないな……リフショールにいた魔法使いは望むべくもないが、上質な素材を探さないと」

 金で買えるものだけでは足りないところまできている。素材はそこら中に溢れているけれど、ひとつ持っていっただけで騒がれるのが煩わしい。
 だが、大いなる目的のためであるのなら仕方がないだろう。
 ため息をひとつ、アンゲルはのどかに日々の平穏を享受する小さな村を見つめながら呟く。

「エクリプス王族は代々固有魔力の水準値が高いんだよね」

 彼は僕に協力してくれるかな。
 アンゲルはリベルにいた頃に知り合った顔を思い浮かべた。



「村人の消失?」

 装備の受け取りも済み、厄介な縁ができつつある王都から離れたい気持ちもあってグレンとヴィオレは王都からほぼ拠点となっている街へ戻ってきていた。
 相変わらず歓迎してくれる宿主一家が「おかえり」という気持ちを込めて朝食にルバーブのパイをこっそり出してくれ、その甘酸っぱい素朴なパイを食べると討伐隊の依頼からこっち、ようやく平穏を取り戻したかのような気持ちになる。
 宿主の息子に手を振られてギルドへ遅い依頼確認へ向かい、まずは情報をと専用の掲示板の確認をすれば目立つ位置に貼りだされる情報紙があった。
 その情報紙を見て、マシェリが薄紅の目をまたたかせる。
 内容は総勢八十人にも満たない小さな村のひとびとが、そっくり姿を消したというもの。
 駐在する憲兵もいない村で、定期的に様子を伺いにいく憲兵により発覚したらしい。
 争った形跡はなく、家屋にも荒らされたところはない。なかには食事の準備途中のままの家もあったという。

「こういうのってよくあるの?」
「あったらこんなふうに貼りだされやしねえだろ」

 マシェリの疑問に答え、グレンは眉を寄せながら情報紙を睨む。
 なんとなく、厭なにおいにも似た気配がするのだ。
 神経をそっと引っ掻くものは漠然とし過ぎて明確な形を持たない。だが、冒険者として幾度もグレンを救ってきた勘を、グレン自身信頼している。
 なにか、なにかなにか善くないことがありそうだ。
 ヴィオレもまた口元に手をやって厳しい顔をしている。

「あっれ、グレンとヴィオレじゃないか」

 かんらかんらと笑い声混じりに呼ばれ、ふたりが振り返った先には前髪へ四つ葉の意匠のピンを留めたトリフォイルがいた。
 武闘大会ぶりになるが、再会して喜ばしい気持ちになるほど親密ではないためグレンにせよヴィオレにせよ反応は乾いたものだ。
 トリフォイルはそんなふたりに苦笑して、視線を掲示板へ向ける。トリフォイルは既に確認済みなのか、人懐っこい犬に似た眼差しが些か剣呑になる食い違いが彼もまた死線を潜る冒険者なのだと物語っていた。

「おかしな事件だよね。まるで笛に惹かれてついていってしまった童話のようじゃないか」

 大勢の村人を操って連れ出す魔道具などはあるのだろうか。ヴィオレがこの世界について調べた際、それこそそんな「魔法」のような魔道具は存在していなかった。理屈の通じない迷宮品だろうと、必ずなんらかの制限があるというのが法則だ。
 だが、魔道具ではなく魔法なら?
 村の人数で考えれば少ないが、単純な人びとの数として数えれば数十人は多い。
 考えるヴィオレの隣、グレンが鼻に皺を寄せる。

「国が調査するようだけど、識者の見解求めてリベルのほうも騒がしくなりそうだね。暫くは先々の移動で検問があるかもしれないと思うと億劫だよ」

 肩を竦め、トリフォイルは「じゃあね」と手を振っていく。偶然見かけたから声をかけただけだったらしい。

「まーた、面倒臭え呼び出しとかあるんじゃねえだろうな、転移魔法使い」
「裏ワザがあるけど、基本的に生体の転移は制限されてるわよ。出入りの記録がされないまま街から外へは出られないし、外から街の中へも入れない。王都からこっちへ戻った時期と、村人消失怪奇事件の大凡の時期から考えて、ご主人が疑われる可能性は低いでしょうね。大体、街に入るまで『お見送り』がいたじゃない。それなのに疑われたならよっぽどいちゃもんつけたいか、ご主人を拘束したいか、ってところ」

 監視は街に入ったところでいなくなったが、道中にグレンとヴィオレが寄り道をしていないことは理解しているはずだ。痛くもない腹を探られる趣味はないため、多少手間でも王都から街への移動に今回は転移術式を用いなかった。
 それを知らぬ存ぜぬする場合はヴィオレにどれだけ非がなかろうと関係ない。
 もちろん、権力に唯々諾々と従う気などないのでそのときは全力で抵抗するつもりだ。
 意外と力技で解決するよな、と思いつつグレンはもう一度情報紙へ視線を送る。
 消えた村人は何処へ行き、なにをしているのだろうか。
 常であれば他人ごととすぐに片付けれる遠い何処かの事件が、無性に胸へ蟠って燻る。
 だが、考えたところで得られる答えはどこにもない。
 まばたきひとつで意識を切り替え、グレンはヴィオレに向かって依頼書の掲示板を顎でしゃくる。
 応えて頷くヴィオレに合わせ、二重五芒星のカフスピアスが光った。
 まるで、旅路を導く星のように。

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