小説
十二話
宿の主人からクラフティーザンの連絡を伝えられたのは迷宮帰りのことだった。水辺の迷宮と違って城や館の迷宮はとても快適だ。
予定よりも早く装備の修復が終わったことで、指定された日よりも前に受け取りに行けることになったのは幸いだ。
が、ヴィオレは少しばかり貴族街へ向かう足が重い。受け取ってもそのまま帰る、ということはまずない。一度はその場で着て問題がないか確かめる必要があるため、どうしてもヴィオレ自身も赴かなくてはならないが、正直なところグレンだけで行ってくれないかとすら思う。
監視の気配が消えていない以上、それはそれで何がしかの面倒に繋がりそうなのだけれど。
「自業自得だろうが、諦めろ」
足を伸ばした先にある迷宮だったので帰りが遅く、翌日に持ち越された装備の受け取り。食堂で朝食を摂るグレンとヴィオレのサブ装備姿も間もなく終わりだ。
気が重い、足も重い、腰も重いでいつもの食べる速さはどこへいったんだとちびちび食べるヴィオレの足を、グレンはテーブルの下で蹴っ飛ばした。加減したとはいえヴィオレは眉間に皺を寄せ、今までののろのろとした仕草がなんだったのかとばかりに素早く皿を空ける。
ため息を吐いて水を飲むヴィオレはテーブルを叩くグレンの指に視線を上げた。
グレンは声に出さぬまま唇だけで言葉を伝える。
「こっち見ている連中は受け取りの前倒しだって連絡きた段階で把握してんだろ。用があるなら今回なくてもどこかで絶対に接触してくる。腹括れ」
ヴィオレは分かっているとばかりに瞼を伏せて返事とした。
水を干したグラスを置き、グレンが立ち上がったのと同時に席を立つ。
宿を出た途端に感じる視線へなんでもない顔をするグレンだが、鬱陶しいと感じていないわけではない。それを口に出さないのは厄介事を持ってきたヴィオレへの配慮ではないが、申し訳ないという顔を見たくないのも事実だ。ヴィオレがそういうしおらしい反応をするかは定かではないけれど。
「待ってた!」
顔を潰すケロイドを理由に店の表へは滅多に姿を見せないというクラフティーザンが、残った顔を喜色に染めてドアをくぐったグレンとヴィオレを歓迎した。
さあ奥へ、早く奥へと急かすクラフティーザンを店員が宥めるものの、彼にも他に仕事がある。苦笑しながら構わないと手を振るヴィオレに礼をして彼は彼の仕事へ戻った。
以前も通された奥の部屋で待つこと少し、クラフティーザンがいかにもはしゃいだ様子でグレンとヴィオレの装備を持って戻ってくる。
ヴィオレの装備は見た目が殆ど変わらないが、修復に使われた素材やその素材で補える部分を省いて新たに追加された術式や魔法によって性能が向上している。
グレンの装備は一新され、報酬でごく僅かとはいえ分配された古代種の素材を用いたことにより以前よりも格段に防御力や抗魔力が上がった。短外套の括りであることは変わらないが、以前より丈が長くなって首元も覆える仕様になっている。光の加減で薄く金色に光る白色になったのも古代種の影響だという。
「染めたりがぜんっぜんできなくてな、魔法ならどうにかなるが色付けの魔法刻むくらいなら別のもん敷きたいだろ? だからそっちは投げた。古代種ってのはすげえな。だが、逆に言えば泥沼に浸っても汚れねえってことだから、白っつっても気にしなくていいだろ」
汚れることが当然の冒険者は当然汚れやすい色を敬遠するし、夜闇で浮く格好もまた避ける傾向にある。上等な素材ほど「染まりにくい」ものなので、上位冒険者はその辺りに頓着しないのだが。尚、ヴィオレは紫黒の装いだが、刺繍やら裏地やらが華美なので色で上等下等と比較されることはない。
注文した装備は外套だけでないため、クラフティーザンは次々に別の装備の説明へ入る。真面目な説明のなかに此処が楽しかったとか、此処には苦戦したという感想も混じり、時折「やけくそでやったらできた」という聞き捨てならないものもあったが成功しているようなのでグレンもヴィオレも苦言を呈さない。専門家の「やってみたらできた」「ちょっとやってみた」という言葉は浮ついた響きに反して信頼できるものがある。
ひと通りの説明が終わり、いよいよ試着すれば殆ど形を変えていないヴィオレの装備でさえ着心地がよくなっていた。エクリプスで自分以外に無理だと謳うだけの腕がクラフティーザンには確かにある。
色をつけて後金を支払えば過剰な遠慮を見せたが、その腕に相応しいとヴィオレがマシェリを通して伝え、見るからに余計なやりとりをしないグレンでさえ頷けばクラフティーザンは涙を滲ませながら「ありがとう」と呟いた。
「なにかあったらすぐに来い。なにもなくてもまた来い。次は更に腕上げておく!」と腕を振るクラフティーザンと、そのクラフティーザンを宥める店員に見送られてグレンとヴィオレは店を後にする。
久しぶりの裾引き外套にヴィオレはしみじみと落ち着いた気分になり、真新しい装備のグレンもまた長年着て馴染んだかのような着心地に感心し通しだ。
この後の予定は特になかったが、日付をまたぐのを覚悟で迷宮へ行くのもいいかと話し合っていると急に後方から僅かなざわめきが届いた。
グレンとヴィオレは瞬時に視線を交わし、後ろへと振り返る。
走ってくるのは一台の馬車だ。
だが、その馬車には外国の人間であっても調べればすぐに見つけることのできる紋章がある。
エクリプス王家が掲げる蝕まれる月を模した紋章。
その馬車は立ち止まるふたりのそばで停まった。
中から現れた二人の貴人は恭しい仕草で「冒険者パーティGVのグレン様、ヴィオレ様ですね」と確認する。グレンがいる以上、否定も誤魔化しもできない。
ろくな返事もないグレンとヴィオレへ友好的な笑みを浮かべた貴人は、ひとつずつの音を大切にするよう言葉を述べた。
「エクリプス女王ソフィブラッサム陛下の使いで参りました」
一人の貴人からもう一人の貴人を介して差し出された書状。
超弩級の面倒事に、ヴィオレへ諦めを促したグレンでさえも見えない速度でヴィオレの足元を蹴りつける。
クラフティーザンの良い仕事が映える威力が込められていたけれど、ヴィオレはなんの苦情も訴えられなかった。
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