小説
これが私の望みです



 名簿が祖父の時代の古いものだと判明して、まず昌太郎は今年度の生徒名簿を取りに行った。生徒が簡単に見られるものでないとしても「すいません、持っていくやつ間違えました」と一言謝って、実際にそれが数十年前ならば怪しまれもしない。

「で、これが会長お探しの大島くんね」
「大島響。ああ、先ほどの大島鳴海とそっくりですね。やはり、これは親戚でしょうか」
「会長も祖父君とそっくりだったしな。しかし、ここまで美形だと腹もたたん」

 セピアからカラーへと時代の進化を感じつつ、三人はほうほうと感心したように名簿を見る。

「クラスは会長の隣ですよ。よかったですね、近くて」
「俺達の年はひと多かったから、階が変わっちゃうクラスもあるしねー」

 だが、それならば余計に姿を見かけない理由が分からない。
 昌太郎は口元に手をあて、眉間に皺を寄せながら携帯電話を取り出す。

「まあ、いい。とりあえず、三上に会ってくる」
「早速ですね」

 話があるという旨のメールを送信して、昌太郎は生徒会室を出ていった。



 昌太郎からのメールを読み、三上は指定された空き教室で待っていた。
 窓枠に両肘を預けて寄りかかっている背中にほの温かい日差しがあたり、心地良さそうに三上は目をつむっているが、近づいてきた足音に背を起こすと微笑を浮かべて目を開く。
 開いたドアから幾分緊張した面持ちの昌太郎が入ってきて、三上は会釈する。

「呼び出して悪い」
「いいえ。早速ですが、お話とはなんでしょうか?」

 親衛隊との接触など殆どない昌太郎が、態々三上を呼び出してまでの話だ。
 三上としては見当がついているものの、顔には出さず問いかける。

「あー……その前に、親衛隊の隊長ってのは誰だ? できれば、会って話したい」

 気まずそうに視線を逸らす昌太郎に、三上は苦笑いする。
 今更過ぎる質問だが、昌太郎は一度も「隊長」と会ったことがない。自身の管轄といえば管轄で、それを把握していないのは問題かもしれないが、実質三上が隊長のように行動していたので、そういうものと流してしまうのも仕方がない。

「親衛隊自体は僕がまとめていますが、それでも、隊長が必要な話でしょうか?」
「ああ」

 それはそうだろう。
 あくまで三上は隊長の代わりである。
 分かりきったことを訊いたのは、なんとなく、はぐらかしたまま本題を聞きたかったからだ。
 三上はもう少し焦らしたかったんだけど、と思いながら「分かりました」と聞き分けよく頷いた。

「結城昌太郎生徒会長親衛隊の隊長は、二年B組の大島響です。
 隊長は現在、ご実家が経営されている病院にて入院中ですので、学園にはおりません」

 目を見開く昌太郎に、三上は声を出して笑うのを堪えた。

(ああ、やっぱり)

 響と同室の三上は、響が昌太郎と接触したことを当然聞いている。
 常に悪い顔色が、ほんのり上気した響のうつくしさは言葉にならないほどで、嫉妬を挟む隙間もなかった。
 その話を聞いた夜、響は倒れかけて病院へと向かい、そのまま入院した。
 何度目かの入院だが、隊長の不在に少々ざわめく隊員をまとめるのは三上の役目で、いつも以上に昌太郎へ気を配る。
 だからこそ、気付いてしまう。
 そわそわと挙動不審で、誰かを探すように視線を巡らせる昌太郎。
 話を聞いた直後にこれでは、響と結びつけるのは簡単だった。

「に、入院?」
「はい。隊長は元々お体が丈夫ではないので、これも何度目かになります」
「……病気か?」
「いえ、生まれつきそういう体であるとしか。他人がおいそれと話していいものではありませんので、詳しいことはご本人からお聞きください」

 真っ青な顔になった昌太郎は、本題も忘れて「入院している病院を教えてくれ」という。
 もうすぐ退院するという連絡を受けていたので、そう伝えようかとも思ったが、昌太郎の縋るような目に三上は生徒手帳を取り出し、殆ど使われていないメモページに病院名と住所、電話番号、響の病室を書いて破いた。

「どうぞ」
「すまない」

 受け取ったメモを真剣に読み、昌太郎は顔を上げる。

「態々呼び出したのに悪いが、話はまた今度にしたい」
「分かりました」

 にっこり笑い、三上は頷く。
 そこになんの不快もなく、いっそ晴れやかさすら見えることに怪訝な顔をしつつも、昌太郎は「悪かった」と一言置いて空き教室を出て行った。
 らしからず駆けていく足音に、三上はそっと息を吐く。

 親衛隊は当然、昌太郎を慕うものの集まりだが、響を慕って集まった者も多い。

「だから、あなたの懸念は杞憂なんですよ」

 知らず、知ろうとせず、それは愚かに等しく淋しいことだが、昌太郎の立場上そうと判断しても仕方ない。
 暴走する隊員は確かに存在する。殆どが他の親衛隊だけれど、昌太郎の親衛隊にも確かに存在している。未然に防げないのは三上の落ち度だ。
 だが、殆どはそうじゃない。
 好きだから応援したい、その歩く道を整える手助けがしたい。
 好きだから、少しでも傍でその姿を見ていたい。
 そう願った生徒の集まりなのだ。
 三上とてそうだ。
 昌太郎が好きで、大好きで、憧憬と慕情が入り混じり、そこに響への友愛のようなものが混じる。
 意味は違っても、三上はふたりが大切だ。
 だから、そのふたりが笑い合えるというなら、それはとてもうれしいことで「失恋」の痛みなど瑣末なはずで。

「これでいい……」

 三上は乾いた声で呟き、不器用な笑みを浮かべてその場にしゃがみこんだ。


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あきゅろす。
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