小説
一話



「――僕ときみは仲良くなれると、協力できると思うんだ。きみも『あれ』が人類のために素晴らしく役に立つと思っているんだろう? 最初は理解されないなんて、どんな研究でも同じさ。でも、それがどれだけ役に立つかが広まれば意見は変わる。それに、誰かが切り拓かなければ道はできない、人類は停滞する。ねえ、僕と一緒に人類の未来を開拓しようよ」

 まるで青臭い少年が夢を語るような口調と表情なのに、その目は己の抱く現実を見つめ、その頭のなかには自らの現実を他者の現実にも敷くための手段を巡らせている。
 賛同や心酔などはない。
 言うなれば欲に負けたのだ。
「あれ」を好き勝手できるという大義名分が欲しくて、押された背に踏ん張ることもせず自ら飛び込んだのだ。



 王都は以前同様、活気があった。
 なによりだ、とヴィオレは思うし、グレンもそうでなければ逆に話しにならないとすら思う。
 エクリプスは大国であるし、その王都が寂れているなど余程酷い戦時中でもなければないだろう。
 ヴィオレは前回同様にフレアコートを纏っているが、グレンはヴィオレも見たことがないサブ装備だ。初めてヴィオレのフレアコートを見たグレンの言葉ではないが、違和感がある。
 あるの、だが――

「ある意味で前のより似合ってるわよね。ねえ、新しくするならその路線でいかない?」
「あ?」

 マシェリがヴィオレの肩から手を伸ばし、グレンの襟を引っ張る。
 グレンのメイン装備はインナーこそダークグレーだったが、それ以外は明るい暖色だった。それがサブ装備になったら黒の外套を着ていて、明色など白いボトムしかなく目新しいどころの騒ぎではない。付け加えるなら、メイン装備は短外套である。

「用途で変えることもあんのに、同じの揃えても仕方ねえだろ」
「それはそうなんだけどねえ」

 ぴっとマシェリの手を軽く弾くグレンにマシェリは大人しく手を外す。
 これから装備をどうにかするつもりで歩いているふたりだが、並んで歩くふたりの装備に目を惹かれた冒険者が知ったのなら壁に頭を打ち付けることだろう。
 グレンは件の職人を知らぬためヴィオレ任せに道を歩いているが、その道が例え貴族街に向かっても動じない辺り、彼の図々しさ……肝の据わりようを表している。
 目当ての店はそんなに目立つ場所になく、佇まいは決して見窄らしくないが無駄な飾りもなかった。
 ドアを開けば仕立てのいい制服に身を包んだ青年店員が愛想のいい笑みで歓迎する。
 これが真実貴族御用達として格式ある店であるのなら店員の態度は客の選別ができていない未熟者として捉えることができるが、店員は万人に愛想を振っているわけではなかった。

「いつぞやはクラフティーザンにご協力頂きありがとうございました」

 ヴィオレが直に接したのは職人、クラフティーザンであるが、この店員は茶などを運ぶ短い時間でも顔を合わせている。
 覚えていたのなら話が早いとマシェリが身を乗り出した。

「あのね、今日はお客さんになりにきたのだけど」
「左様でしたか。歓迎致します」

 一応なりとも恩があろうと、貴族街にある店の客として扱われるかはまた別の話。確認を込めた言い回しをするマシェリに店員はにっこり笑って言葉に偽りなく歓迎してくれた。
 これで一先ずの目処は立ったとして、客として求める内容を店員に告げる。
 グレンはそのまま一新するのでいいが、ヴィオレの場合は修繕だ。

「修繕はやっておりますが、状態を見ないことにはお請けできるかどうかは申し訳ありませんがお答えできません。拝見してもよろしいでしょうか?」

 ヴィオレは広袖に手を入れて、事前に一部解析遮断の術式を敷いた裾引き外套を取り出す。
 受け取った店員は感嘆のため息を吐いてから、無残なことになった部分に痛ましい顔をする。店員にしてみれば芸術品に酷い傷がついているのと同義なのだろう。

「クラフティーザンに確認させます。この後お時間あるようでしたら採寸なども済ませたいと思うのですが、如何でしょうか?」
「問題ないわよ。ね?」
「ああ」

 採寸は主にグレンが必要となる。
 案内された応接室でふたりは店員に促されるまま外套を脱いだ。
 供された茶をひと口ふた口飲む頃、まるで転がり込むような勢いでクラフティーザンが別の入口から入ってきて、ヴィオレを見るなり大きく目を見開く。ケロイドが引き攣れた。

「あ、あんた……」
「ご主人の外套直すのと、このひとの新しい装備よろしくできるかしら? 素材はリスト纏めてあるから出来るだけ良い組み合わせでお願いしたいんだけど」
「やる!」
「……確認もしないでいいの?」

 どれほど興奮しているのか、クラフティーザンは大仰に手を振りながら上ずった声を上げた。

「だって、だってあんたの外套、前に見せてもらったのとは比にならねえじゃねえか! しかもあの造り、俺ができなきゃエクリプスでできる奴なんていねえ!」

 クラフティーザンはそれからグレンにもさっと視線を走らせる。正確には店員が壁にかけた外套を。

「あいつぁサブだろ? 後で残骸だろうがメインも見せてくれよ。絶対にもっといいやつにしてやる! リストあるって言ったな? くれ!」

 クラフティーザンの勢いに眉を寄せながら、グレンがリストを差し出した。引っ手繰ったクラフティーザンが大きく笑う。ケロイドに埋まったほうの顔は痙攣するばかりであったが、彼は確かに楽しそうだった。

「こんな素材でやれるなんて俺は幸せだ! ああ、魔法使いさんよお、あんたに会った頃の俺と同じだとは思わねえでくれ。俺は武闘大会のあと……いや、なんでもねえ。とにかく腕を磨いて磨いてきたんだ。絶対に唸らせてやるからな!」

 クラフティーザンが言葉を濁らせたのはティミッドの装備のことだろう。ヴィオレの強化した攻撃に、あの装備はダメージが通った。それに対してクラフティーザンは悔しかったのも当然あるだろうが、なによりも対抗心と向上心を燃やしたのだ。そういう人間だと見抜いたからこそ、ヴィオレは彼に敬意を持っている。
 携わった装備を纏う貴族が公の場で敗北してなにもなかったわけがないのに、今この場でこうして笑うひとをどうして見下すだろう。
 目を細めたままグレンを見遣り、ヴィオレは頷く。大丈夫だ、という意味を込めた首肯に対して、初めてクラフティーザンと会ったグレンもまた納得を込めて頷いた。

「さ、まずは採寸だ!」

 クラフティーザンははしゃぐこどものような顔で、しかし重ねた経験に確かな自負を持つ老練の目で笑い、巻尺を構えた。

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