小説
彼のひとの影



「生徒会長七つ道具、生徒名簿!」
「そんなもんを七つ道具に数えないでください」
「生徒のプライベート満載だ。部外者が覗いてんじゃねえ」
「会長……」

 響の姿を見ること叶わず二週間、挙動不審に情緒不安定を重ねてどこかおかしくなった昌太郎は、とうとう偶然に期待するのをやめた。
 一般生徒がお目にかかることはない生徒名簿を極当たり前に持ち出した昌太郎は、ぱらぱらとページを捲っていく。

「何行探してます?」
「んー、あ行、かな? 学年は?」
「いち、に、いなかったようだ。ということは同級生だな」

 ひそひそ役員が交わす会話にも気付かず、昌太郎はいっそ必死にページを捲っていき、とうとう見つけた。

「お、お、大島! いたあああ!」

 ガッツポーズをとり、椅子から立ち上がってターンまでした昌太郎に、役員達がぶるっぶる震えながら笑いを堪える。

「っしゃあ、クラス把握したぜえ! ちょっと行ってくるっ」

 あからさまにハイテンションになった昌太郎は、生徒名簿からしっかりと学年クラス出席番号まで確認して高らかに言うと、生徒会室を慌しく出て行った。
 重たいドアが閉まった瞬間、生徒会室は爆笑に包まれる。

「こ、恋はひとを変えるってレベルじゃありませんよ」
「あひゃひゃひゃ、やべえ、もう俺かいちょーの顔見るだけで笑える」
「おい、そんなに笑うと会長、ぷっ、に悪い、というか、絶対に名前教えなかったのに、自分で叫んで、ぶはっ」
「お、おーしま君ね。おけおけ、探すよー」

 ひいひい息も絶え絶えになりながら、桐は昌太郎が置いていった生徒名簿に手を伸ばす。

「おーしま、おーしま、おーしまくーん。おーしま何某くーん」

 ばらばらページを捲る様子を、来島と唐沢も覗き込む。

「お、発見」

 あ行なだけあり、見つけるのは早かった。

「さてさて、学園筆頭美形を狂わせた辛夷の君の顔はー……あれ?」
「確かにすごい美貌ですが…………写真、古すぎません?」
「セピアだぞ」

 桐はページに指を挟みながら、生徒名簿の表紙に書かれた年代を確認する。

「これ、かなり昔だわー……」
「え、でも会長は見つけたって……」
「おい……止めろよ、その手の話は」

 古い名簿にその顔が載っている、一度見たきりでその後は見かけない体の弱い生徒。
 焦がれるあまり、段々とおかしくなっていった昌太郎。

「……学園で亡くなった生徒いたっけ?」
「病で倒れ、学園の地縛霊と化した幽霊を見つけた会長は……」
「おいおいおいおいおい、やめろって」

 三人が青ざめた瞬間、バンッと乱暴にドアが開いた。

「ひいっ」
「なんだ、悲鳴なんかあげやがって」

 三人の悲鳴に出迎えられた昌太郎は、出て行った時とは打って変わって不機嫌そうだった。

「か、かかか、かいちょー、辛夷の君っていうのはかいちょーの想像の人物とかじゃないかなあっ?」
「あ?」
「もしくは絶妙な角度で美しいと錯覚した顔をさらに美化して、実はすれ違っても気付いていなかったとかっ」
「おい」
「御祓いに行け」
「はあっ?」

 帰ってくるなりわけの分からないことをまくし立てられ、昌太郎は困惑しながら「とにかく落ち着け」と三人をソファへ促した。

「いったいなんなんだ」
「いやーいやー、別に? あ、そ、それで大島くんと会えたのかなっ?」

 これでクラスではなく、偶然ひと気のない廊下でとか言われたら、三人は生徒会室から逃走するつもりだった。

「途中でやめた」

 昌太郎の答えはぶっきらぼうだった。

「え、やめたってなんで?」
「散々堪えてた理由思い出したからだよ。会うとしたら、親衛隊と話つけてからだ」

 ああ、と三人は納得した。
 昌太郎の螺子がおかしくなり始めて忘れかけていたが、昌太郎が行動らしい行動をとれずにいたのは、親衛隊を警戒してのことだった。

「そ、そっかー。じゃあ隊長呼んでーって、そういや、かいちょーのとこの隊長って誰?」
「あ、そういえば私も知りません」
「俺もだ。いつも副隊長が仕切っていたな」

 昌太郎に問おうとした三人は、昌太郎の顔が苦虫を噛み潰したものであることに首を傾げる。

「俺も会ったことも名前を聞いたことも、ない」
「それは、やり辛いですね……」

 情報がない相手との話し合いなど、早々やりたいものではない。

「とりあえず、副隊長呼んで、話し聞いて伝えてーって……あー、くそ」

 冷静に予定を組み立てることはできるようだが、期待が高まった瞬間強制的にダウンさせられたのは堪えたようで、昌太郎は背もたれに仰け反った。

「早く会いてえ」

 昌太郎の聞いたこともない切ない声音に、三人は思わず顔を見合わせ、古い生徒名簿に視線を落とす。

「かいちょー、相手さんがいなかったらどうする?」
「いないって、なんだそりゃ」
「落ち着いて聞いてください。この名簿、もう何十年も前のものなんです」
「ここ最近の会長の奇行、らしくないと……」

 なにかとんでもない疑惑を持たれていることに気づいた昌太郎は、顔を引き攣らせて名簿を引っ手繰った。
 目を血走らせて年代を確認して「ありえねえ」と呟き、先ほど見たページを開く。

「……あ?」
「かいちょー、俺いいお寺知って」
「別人だ」
「はい?」
「どういうことだ」
「さっきは苗字だけで探して、顔がそうだったことに気をとられたが、よく見りゃ名前が違え。ってか、これ……」

 再び年代を確認し、ぱらぱらと更にページを捲った昌太郎は「やっぱり」と呟き、三人に別のページを見せた。

「こりゃ祖父さんの学生時代の名簿だ」

 そのページのセピア色の写真には、結城の苗字を持つ昌太郎そっくりの青年が写っていた。


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