小説
十九話
ただでさえ高ランクの魔物、それも狂病に侵された魔物をひたすら屠って進むGVは異常だった。それについていくクウランクッカの絶えない笑みもまた、場違いとすら言える。
「ねえ、グレン。そろそろ手応え感じる?」
「普段よりな」
「ふふ、頼もしいですわね。もちろん、魔法使いさんもですけれど」
自身が大胆に動くたび、絶妙な風が吹くことの意味を察せぬクウランクッカではない。ヴィオレは難しい顔をして目を逸らした。
狂病に侵されたAランクの魔物を相手しながら他者へある意味不要とも言える気遣いができるのだから、渦炎として既にその実力が認知されるグレンと同じくヴィオレも相当な実力者だとこの場にいるだけで証明される。
「そういえば、狂病は魔力に感応し易い方にも影響があるそうですが、魔法使いさんは全然平気そうですわね。魔法使いは通常魔力に敏感だと窺ったのですけれど」
「敏感であっても察知することと引き摺られることは別でしょう」
「空気中の魔力に影響されず魔法を行使していらっしゃって、頭痛もありませんの?」
「ご主人にはこれくらい訳ないことよ」
「……素敵」
情欲滲んで聞こえる呟きをヴィオレは黙殺する。グレンがにやにやと見てきたのでその足元払ってやろうとしたが、身体能力差がものを言った通りの結果になった。
四足の獣型、空から急襲する鳥型、植物型と多彩な魔物を屠って暫く、魔力濃度が一段と濃くなった。
魔力濃度の乱れがどこを中心に始まっているのかはその時々だが、奥で始まっているのなら厄介だ。奥深くであればあるほど魔物のランクが上がる。
「焼き払っちゃえられれば楽なのにねえ」
「この森は平素であれば実り多いと聞きますわ。それに下手にドラゴンを刺激するのも得策ではないのでしょう。もし、ですけれど、子どもや卵があればそれを守るために親は仲間を呼びますわ。子どもが関わる要請にドラゴンは必ず応えると伺います。港町をドラゴンに襲撃させるわけにはいかないでしょう」
「狂病って親としての本能にはどう働いているのかしらね。ねえ、グレン。グレンはドラゴン相手でもいけるでしょ?」
「種類にもよるが、万全な状態でなら一体は確実にな」
「二体は?」
「ぎりぎり。それ以上は保証しねえ」
「うふふ、お強い殿方は素敵ですわあ……」
うっとりと言うクウランクッカを一瞥、グレンは前を向く。ヴィオレはにやにやしながらグレンを見た。その足元払おうとグレンは足を伸ばしたが、障壁がそれを防ぐ。
グレンにしろヴィオレにしろ、クウランクッカは好みではなかった。
「そろそろ深度三まで来たかしら。時間は……うん、一端引き返すには丁度いいわよ。まあ、戻っても確実にまた来ることになるでしょうけど」
「冒険者に依頼の強制はできねえ。気に入らないなら断るだけだ」
「平気でカナリア扱いするくらいだから、なんらかの脅しはあるかもね。ねえ、ご家族は大丈夫?」
ヴィオレは言うまでもなくこの世界に弱みがない。身分がないという弱みがあるかもしれないが、ストリートチルドレンでしたとでもゴリ押しすればいいことだ。
グレンは一瞬考え、問題ないというように首を振る。
「あら、意外」
「なにが」
「いえ、考えるような相手がいたんだっていたたたたた!」
旋毛をぐりぐりと人差し指で押さえられたマシェリは悲鳴を上げてヴィオレの反対の肩へと回りこむ。
「お前は俺が木の股から生まれたとでも思ってんのか。普通に両親健在……のはずだ」
「長く帰っていないし連絡もしていないのね、親不孝もいやああああ!」
再び迫ってきた手からマシェリは逃げる。いまのはマシェリが悪いと足場であるヴィオレはその場から位置を変えない。
クウランクッカがおかしそうに笑う。国が動くほどに深刻な状況にある危険地帯でなんとも暢気なことだ。
「ふふ、渦炎さんのご実家はどんなところですの?」
「パン屋」
ヴィオレは吹き出した。
まさかのパン屋。冒険者の憧れ、本人の口ぶりから竜殺しも行ったであろう英雄視される冒険者の実家がパン屋。
パン屋が悪いわけではない。
これが武術の心得ある生業であったり、せめて武器屋、そうでなければ生物工学の研究者の子どもで生まれる前になにかやりました? などであればすんなりと納得出来るのだが、パン屋はグレンの実家として違和感がありすぎた。
「え、もしかして小さい頃は手伝いとかしたの?」
「当たり前だろ。パン屋は朝が早えから、おかげで寝起きに関しちゃ今でも良い」
朝早くからパン屋の手伝いをしているグレンにヴィオレの腹筋がひくひく言い出す。だが、声にはひとつも漏らさない。
「それにしては愛想ないわよね。行儀いいところはあるけど」
マシェリの物言いにグレンは口を開きかけ、一瞬クウランクッカを見遣ってそのまま閉ざした。クウランクッカは微笑みながら「わたくしも身内が人質にされる心配はなさそうですわ」と言う。
「わたくし、氷の大地出身ですので人質取りにいくために高確率で死人が出ますもの。本末転倒でしょう?」
クウランクッカの意外な出身地にグレンとヴィオレは彼女を見た。
氷の大地。
ひとの住めぬ死地の一つに数えられることもある極寒の土地だ。その名称通り大地は氷に覆われ、空気は凍てついている。一年の中で日差しが差すのは僅かで、常に重たい雲が覆ってしばしば吹雪を齎すのだ。
「うふふ、故郷に比べるとこちらはとても暑くて……」
とん、と上半分がむき出しになった乳房に片手を乗せるクウランクッカ。まさかの露出狂染みた装備の理由にグレンとヴィオレは絶句する。体感温度は確かに動きの精彩に関わるが、それでもそこまで布地減らすほどクウランクッカの体感温度は常人と違うのか。いっそ気遣わしさすら浮かんだヴィオレに向かい、クウランクッカは艶やかに微笑む。
「半分以上は趣味ですわ」
「おい、進むぞ」
クウランクッカの言葉に被せるように言ってグレンが進む。ヴィオレも当然グレンに並んで歩き出した。
森の木々を揺らすような獣の鳴き声が聞こえたのは、そのすぐ後だった。
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