小説
十七話



 宿の経営一家はグレンとヴィオレの顔を見るなり「おかえり!」と明るく出迎えてくれた。気難しそうな親父ですら僅かに笑んでいたのだから相当な歓迎具合だが、さて自分たちは歓迎されるような客だっただろうかとふたりは首を傾げる。
 意識しての行動ではないが、荒くれ者の多い冒険者のなかでふたりはとても行儀がいい部類だ。貴族として当然ながら、軍人としても現地住民とのあり方を学んでいるヴィオレはもちろん、グレンは暴れない騒がないに加え渦炎の名前だけで性質の悪い客を追い払うし、羨望や好奇心で逆に客を集めることもある。いてくれると嬉しい客で間違いない。
 女将が「夕飯におまけしてあげるよ!」と冗談めかして笑うのに頷き、ふたりは一旦それぞれの部屋へと戻る。戻ってくる予定だったために不在の間も部屋を借りたままにしていたが、掃除などをしっかりしてくれていたようで空気が淀むなどのことはなく居心地がいい。
 ヴィオレはこの世界に来て初めて他者を伴っての長距離転移をしたが、なにも問題がなかったことに満足する。
 リベルでは目当てにしていた回復薬に関する情報の大体を得ることができた。だが、期待はしていなかったがあればいいと思っていたものは空想に近い扱いだ。
 異世界転移など、一体誰が真面目に研究するというのか。
 窓を開ければ入り込む風に乗る香気がこの世界に来た当初と変わっていた。窓の桟に手をつくヴィオレの頬をマシェリがそっと撫でる。

「早く、帰らなくちゃね」
「ああ」
「折角、守ったんだものね」
「ああ」
「また、守ってみせるのでしょう?」
「然り」

 自分ひとりの力で成すことできないけれど、ヴィオレの力は常人ひとりの力よりもずっとずっと大きい。
 その力と存在を不可欠と、彼の皇帝はいつ喪うとも知れぬものを変えが利かないものとして前提に置くことはないけれど、それでもヴィオレがいれば、と思う場面は多々あるだろう。
 望まれるヴィオレがあるべき場所は此処ではない。ヴィオレが望む場所も、此処ではないのだ。
 マシェリの髪にヴィオレは指を絡める。同じ色の髪に光を弾かせ、ヴィオレを見て弓なりになったのは同じ濃い紫の瞳。
 恋しいひと、守りたいひと、その裾に口付けを許してくれたひと。
 永遠に貴女を愛している。
 ヴィオレは濃い紫の目に誓いと矜持の光を宿らせ、遥か遠くの祖国を想う。

「私は、魔法使いだからな」

 リベルで別の道へ繋がる方法は見つからなかったが、ヴィオレは元より握りしめていたか細い糸を強固にするだけだ。
 焦ってもどうにもならない。
 急いても結果は早まらない。
 けれど、悠長にもしていられない。

「……そなたを伴えれば、大手を振れようものに」

 ヴィオレは壁に隣室とを隔てる壁に向かい、小声で呟く。意図的に魔力を込めた声は波を持たずヴィオレ以外の耳には響くことがない。



 数日思い思いに過ごしたあと、グレンとヴィオレはようやくギルドへ向かった。気に入る依頼があるかは分からないが、不在の間に変わったことがあるかもしれない。
 久しぶりというほど長く空けていたわけではないものの、出入りする顔が変わることの珍しくないギルドだからかGVの姿に冒険者たちが些か懐かしい反応をする。ざわっと驚き、ひそひそと言葉を交わし、ちらちらと視線をよこすという鬱陶しい反応だ。
 しかし、それらに対してまったく頓着しないふたりは依頼書が貼ってあるのとは別のお知らせ掲示板へ向かう。

「お、新しい迷宮できてんな」
「実際に建築物がその場にあるわけではないとはいえ、いずれ土地が転移媒体で埋まることはないのかしら」
「古過ぎて誰も行かなくなった迷宮が消えることがあるから大丈夫なんじゃねえの」

 それでいいのか、とヴィオレは遠い目をして、マシェリが「へえ……」と呟く。
 グレンが目を通す新しい迷宮の情報紙には、その迷宮のランクがB、ボスのランクがA、隠し部屋がボス攻略後に転移方陣が現れるということもあり、隠しボスなどで連戦になることを考慮すると撤退せざるを得ないという事情があって隠し部屋は未知数と記載されている。
 迷宮そのもののランクはグレンにとって物足りないが、Aランクのボスというのは挨拶しておきたい存在だ。隠し部屋の奥も非常に気になる。

「おい」
「はいはい、了解。行くにしてもついでに請けられる依頼があるなら請けましょ」

 言葉にされずともグレンの言いたいことは分かるし、ヴィオレに否はない。二つ返事よりも素早く了解するヴィオレににやりと笑い、グレンは依頼書の貼られる掲示板へ移動する。

「あら、お久しぶりですわね」

 艶やかな声。
 振り返るふたりに熱っぽい眼差しで笑むのはクウランクッカだ。相変わらず露出狂紛いの格好をしている。

「これから依頼をお請けになりますの?」
「いいのがあればね」

 グレンは応える気がないし、ヴィオレもまたこの手の女性と間近で会話するのには少し気疲れするのでマシェリに任せる。無視したところでクウランクッカは気にしないだろうが、彼女がただ顔を見かけたというだけでグレンやヴィオレに話しかけるようには思えないのだ。
 そんなヴィオレの予想は当たり、クウランクッカは男が伏して希いたくなるような顔で「いいお話がありましてよ」と言う。

「狂病が発生した地域がありましてね? 討伐隊の第一陣……といいましても、実際はカナリアですわね。その面子が集められていますの。いかがかしら?」

 狂病とは魔物や動物がかかる病の一種で、魔力濃度の急激な変動が原因とされている。狂病にかかった生き物は理性を失い凶暴化、攻撃能力も大幅に上昇し手が付けられなくなるため、魔力濃度変動が一時的なものであれば一帯を封鎖、周辺住民を避難させる措置をとられるが、魔力濃度が異常のまま長引く場合は狂病にかかった生き物が行動範囲を広げる前に討伐される。
 討伐隊が組まれるということは後者なのだろう。

「場所は?」

 自身の嗜好に叶う話だったからだろう、現金にも振り返るグレンが問いかける。クウランクッカが笑み絶やさぬまま答えた場所にグレンが凶悪な笑みを浮かべる。

「そこってAランクの魔物がうじゃうじゃいて、なんかドラゴンもいるとかなんとかの噂がある場所よね?」
「そうですわ。とっても……刺激的で興奮致しますでしょう?」

 熱い吐息漏らすクウランクッカからグレンに視線を移せば、最早次の言葉は聞くまでもない。
 狂病疾患生物討伐隊第一陣にGVの名が加わった。

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