小説
十二話



 男にやたらと絶賛されて依頼を終えたグレンだが、正直に言ってこの依頼を自身が請けるのは適切ではないという自覚があった。
 グレンを基準にしても、あの剣が実用化に到ることはないだろう。
 もっとも、最短で最善に到ることのほうが稀であるのは世の常だ。パーティランクはBだがグレン個人のランクはS。この辺りの冒険者が人間として理不尽な性能を備えているのは珍しくないのだ。ランクに上限を設定しなかったのはグレンの落ち度ではない。
 厚い面の皮を人知れず晒しながら、グレンは空を仰いで大雑把な時間を予測する。一応の集合時間には十分間に合いそうだと考え、グレンは待ち合わせ場所に向かう。
 場所が場所だからか、すれ違う人間は目に奇妙な熱を灯していたり、逆に初めて会ったときのヴィオレのような淀んだ目をしてぶつぶつ何事かを呟いているものが多いとまでは言わないが珍しくない。
 居心地がいい場所ではないと思っていると、不意に叫び声がした。
 グレンにとって叫び声としか感じられなかった声はどうやら驚愕の声だったらしく、それはグレンに向けられている。しかし、興味がなかったのでグレンは無視して歩き出した。

「待って、待ってそこの赤い長髪のひと! その剣見せて! 正確には魔石を見せて!!」

 冒険者がほいほい得物を預けると思ったら大間違いだ。グレンは無視して歩き続ける。だが、相手は小走りにグレンの前へと回り込んだ。
 貧弱もやし。
 戦闘や各地を歩きまわる分、魔法使いのほうが余程逞しいと断言できるほど目の前の人間は貧弱もやしだ。

「お願いします、その腰に佩いた剣に嵌め込んだ魔石見せてください!」
「断る」
「待って、待って、その魔石で人類は多大な進化を……ってほんとうに待ってえ!!」

 一切合切無視してグレンは速度を早め、貧弱もやしを抜く。手を伸ばされるもグレンの身のこなしに追いつけるような動きではなく、更にグレンが睨みつけて「うぜえ」と一言吐き捨てればびたっと止まった。
 酷く惜しそうにグレンの背中を見送る貧弱もやし、その内心が立ち去るグレンに届くことは当然ない。



 図書館が楽しすぎたというのはグレンに通じる言い訳になるだろうか。恐らく大層呆れつつも予想はしていたという態度をとられるだろう。
 うっかり熱中して集合時間ぎりぎりになってしまったヴィオレは急ぎ走っていた。一日に何度も強化を使うのは久しぶりだ。
 数ヶ月前までは珍しくなかった。
 ヴィオレの頭は様々なことを考える。祖国のこと、先ほど読んだばかりの専門的な魔法理論、これからのこと。入れ替わり立ち変わるでもなく、平行する思考は魔法使い……一定以上の魔術師であれば備えるべき基本だ。もっとも、それらは程なく見えた赤い長髪を高く結った長身を見つければ解ける。
 先ほどのような悪質研究者集団に追われることもなく到着したヴィオレは強化を解除して、視線も向けずヴィオレの気配を察知して寄りかかっていた建物の壁から背中を剥がすグレンに片手を上げる。

「ごめんなさい、遅れたかしら」

 ヴィオレに変わってしおらしい態度で伺うマシェリに向かい、グレンは「どうせ図書館辺りで熱中したんだろ」とドンピシャで当てた。

「返す言葉がないわね、ご主人」

 面白がるように笑うマシェリに対しヴィオレは両手を軽く上げる。

「研究所見学のほうはどうした?」
「申請だけはしたけど、正直ご主人ひとりで行くのがちょっとね……ほら、ご主人の装備特殊だから」

 グレンは別れたときとは装いを変えたヴィオを眺め、一瞬自身の剣を見下ろしてから納得したように頷く。その様子にヴィオレは察し、マシェリが「あなたも研究熱心な輩に追いかけられた?」と訊ねた。返るのは首肯。
 冒険者の装備は得られる限り最良を身に付けること、とはヴィオレがこの世界にやってきて最初の頃に読んだ本に書いてあり、グレンに訊ねても当然であるという答えがあった。命と安全を買うのに金は惜しむべきではない。故にグレンやヴィオレが研究者に目をつけられてもふたりに落ち度があったかといえばそうとも言い切れない。
 見境のない連中に微かな嫌悪を覚えつつ、研究所見学はどうしたものかと考えるヴィオレの前でグレンは剣を以前主に使っていたものに替えた。

「こっちなら俺が目をつけられることはねえし、お前もそっちの装備ならマシだろ」
「あら、ご主人に付き添ってくれるの?」
「そのつもりでいたくせに何言ってんだ」
「あなたのそういうところ、私もご主人も大好きよ」

 笑うヴィオレの頭をグレンは強かに引っ叩く。魔法使いの頭になにをしてくれるのかと睨むも、グレンは鼻で笑うだけだ。

「なんてことするのよ! ご主人の頭は女の顔くらい手を上げるべきじゃないのよっ?」
「あ? 女が敵なら俺は殴れるし斬れるぞ」
「うわ……」
「お前もやるだろうが」

 他人事のような顔をするヴィオレに追撃のデコピン。額を押さえて恨みがましい目でグレンを見たヴィオレだが、肩で立ち上がり抗議するマシェリにフレンドリーファイアを食らう。

「ご主人は女の顔狙わないわよ! 丸ごと消し炭にするだけよ!!」
「うわ……」

 グレンは態とらしくドン引きした顔をする。ヴィオレは強化をかけて殴りかかるが易やす避けられた。



 異形の「残骸」が散らばる研究所内、貧弱な体のどこから出ているのか不思議になるほどの深く力強い呟きが落ちる。

「あれだけの魔石があれば……」

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あきゅろす。
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