小説
十話



 迷宮の謎解きはヴィオレにとって面白かったようだと帰りの道中機嫌がよかった様子を思い出し、グレンはひとり研究所区域を歩いていた。
 無事に出入り許可が下りて早速向かうことになったのだが、ヴィオレの予定が気になる研究所に片っ端から見学許可を求めてそれが決まるまで図書館に篭もるというものだったため、付き合う気が早々に失せたグレンは研究所のひとつから出されていた依頼を請けることにしたのだ。

「やあ、あなたが依頼を請けてくれた冒険者ですか」

 訪れた研究所でグレンを案内するのはにこりにこりと笑顔を浮かべる冴えない男。作業着姿の男の手には薬品による傷跡が幾つもあった。

「僕は昔からモノづくりが好きでね、魔道具作ることしか取り柄がないんです。ちょっと前は副産物で魔物を寄せ付ける音が出るオルゴールとかができたり……いまがんばってるのは武器なんですが、我ながら誰が使うんだって代物でして……使えなけりゃその正しい性能も分からない。改良だって難しい」

 ぶつぶつ呟く男が案内する部屋に入ると、何人かの所員が点在する中央に大きな透明ケースが置かれる台があり、中には歪な剣があった。十歳ほどのこどもの背丈身幅を超えそうなほど大きな刀身は鉄塊かと思うほど無骨だが、魔石を繋ぎに「食い込ませた」先端の刃はぎざぎざと鋭く鮫の牙を思わせる。対して柄は拳十個分ほどと長く、少女の片手で握り込めてしまいそうなほど細い。なによりも目を引くのはあちこちに刻まれた――

「スペル?」
「……知っているのかい?」

 男の目が僅かに見開かれる。
 グレンは明らかに魔法使いには見えないし、前衛が使う武器に魔法効果が付与されていてもスペルが用いられることは多くない。事実、グレンもヴィオレが使ってみせなければ模様の一部と思ったかもしれない。
 男が神経質な手つきでケースを撫でると一瞬幾何学模様がケースに浮かび、ケースごと消失した。そのまま男は剣に刻まれたスペルを指でなぞっていく。

「これは見た目も物騒だけど、いざ使ったときはさらに物騒な威力を持っている……はずだよ。そのつもりで造った。でも、色々と詰め込みすぎてね、重量が百五十キロほどもあるんだ。人間じゃまず振れない。だから力自慢に募集かけたんだよね」

 依頼内容は試作品である魔道武器の試験協力。力自慢を求める旨があった。

「ひとまず威力だけを重視して造ったら、軽量化を入れる余地がなくなっちゃって。これが実際にどれだけ威力を秘めているか、どの程度妥協してどこを削るか。その辺りの数値を出したいんだけど……扱えそうかな?」

 成人女性が二、三人分の剣など、常識的に考えて使えたものではない。だが、グレンは剣に躊躇うことなく近づき、その細長い柄を握った。
 音にすれば「ひょい」という言葉が相応しいだろうか。
 あまりにも軽々と片手で持ち上げ、グレンは上下に振るう。男がぽかんとしたあと、満面の笑みを浮かべる。黙って窺っていた所員たちも歓声を上げた。

「素晴らしい!!」
「うっせ」
「ああ、あなたなら素晴らしい試験ができる! こ、こちらへ! 早く!」

 男は実験場へとグレンを急かした。
 巨岩やら巨木やら様々なものがある広い実験場で、男は安全地帯らしい隅っこの柵の内側に入る。そこから指示を出すのでグレンにはその通り行動してほしいとのことだ。

「まずは赤いラインの中にある岩を斬ってみてくれ。あれはオリハルコンが混ざっていて、そこらの刀剣を叩きつければあっという間に折れる」

 以前、オリハルコンゴーレムを斬ってみせたグレンは見せるのは技術ではなく試作品の性能だと理解しているため、ただ岩に向かって剣を振り下ろした。
 真っ直ぐ伸びた腕、先端にこそ重心がある百五十キロの剣を自身に垂直な位置で制止すれば、剣は岩の中ほどに埋まる。刃より下の部分には罅が走っていない。この見た目や重量から想像するような叩き潰すための剣ではないようだ。

「もう一度、今度は力任せに……重量任せに振り下ろしてみてください」

 グレンが力任せにやれば剣の性能どころではなくなる。勘のいいことでと思いながらグレンは指示に従う。刀身に刻まれたスペルが淡く光ったと思えば、岩が粉々になった。粉砕辺りの効果があるらしい。
 興奮した男は次々と指示を出し、グレンは様々なものを斬った。材質を変えて岩や木、耐久性が上がるように組み立てられたそれら、ぶよぶよとしたスライム。どれも剣は素晴らしい切れ味と破壊力を見せる。

「では、最後の試験だけど……実際に魔物と戦ってみてもらうことは可能かな?」

 グレンは男に視線をやってから、実験場の奥にあるシャッターを見る。

「……望むところだ」
「ありがとう」

 音を立ててシャッターが開かれ、一拍。地響きすらしそうな重たい足音と唸り声。暗いシャッターの向こうで不気味に灯るのは眼光か。

「あれは魔物の研究をしているところが廃棄するっていうんで今回のためにもらってきた魔物だよ。既存の魔物を合成して……」
「興味ねえ」

 魔物の経緯になど興味はない。
 ただ戦って、倒していいという存在に、指定された武器でグレンは挑むだけだ。
 反応のない無機物に剣を振るっていたときは退屈そうですらあったグレンが一気に好戦的に、嗜虐的ですらある笑みを浮かべて剣を構えたことに男は口を閉ざす。
 魔物が暗がりからとうとう姿を表した。
 グレンの知る様々な魔物の一部を集めて創られた、グレンが知るどんな魔物とも違う異形。
 一言で表すならば醜悪だ。
 魔物が狂ったような唸り声を上げるのと同時、グレンは駆け出す。
 普段と違う得物を振るいながら、グレンはヴィオレが見れば顔を顰めるだろうと想像した。

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