小説
九話
早速というには時間をかけてやってきたリベルは大きかった。王都とは違った広さを感じるのは、土地面積に比べて人々の活気に温度差があるせいだろう。リベルが湿気ているという意味ではない。ただ、わいわい騒ぐ観光客やそれらを目当てに商売する人間が少ないのだ。
人間といえば、王都でも見かけた亜人がリベルには多いようにヴィオレの目に映る。種族ごとの研究も行われているらしいので、その関係かもしれない。
街の入口で説明されたところによると、ヴィオレの目当てである研究所区域への出入りは申請が必要で、ギルドを通せば翌日に許可の有無と通行証が出るとのことだ。流石に風通し良く誰でも歓迎というわけではないらしい。逆に、それを許していたらヴィオレのほうが警戒していた。
「じゃあ、申請さっさとしちゃって例の迷宮にでも行く?」
比較的早い時間にリベルへついたので、今から迷宮に向かっても夜には帰れるだろうという計算のもと提案され、グレンは呆れたようにため息を吐く。
「宿もとってから行くべきだろ」
そこじゃない、日帰りで迷宮攻略提案を前につっこむべきはそこじゃない。悲しい哉、指摘する第三者は誰もいないのだ。いたとしても渦炎に「ねえよ」と態々言いに行く度胸があれば、その人物はGVの会話につっこみどころなど感じない一角の人物になっていることだろう。
修正案に「それもそうね」とマシェリが頷き、グレンとヴィオレはひとまずギルドへ向かった。
冒険者にとって魅力的ではないという土地柄故か、リベルのギルドはヴィオレが知る二つよりも小さい。窓口の数も多くはなく、時間帯もあって冒険者も殆どいなかった。職員が入ってきたグレンとヴィオレに珍しそうな顔をする始末だ。
「さき、依頼見てる」
掲示板に向かうグレンに頷き、ヴィオレは申請窓口に立つ。神経質そうな眼鏡の職員が「どんなご用でしょうか」ときびきびした口調で言った。冒険者を相手にするギルドよりも、政府の役所にいるのが似合いそうだと思いつつヴィオレはギルド証を取り出す。
「研究所区域への立ち入り許可申請をお願いします」
ヴィオレの肩でぴっと片手を上げるマシェリを一瞥、職員は「かしこまりました」と頷き手早く書類を出した。土地柄、研究者という言い切ってしまえば変人を見慣れているとマシェリのような少女人形が喋って動いたところで注目するようなものでもないのかもしれない。だが、珍しくないで片付けられるとそれはそれでヴィオレのなかの製作者意識がちりっちりするのだが。グレンが聞けば面倒臭えという顔を隠しもしないだろう。
ギルド証とともに記入された書類を提出された職員は頷き、大まかな結果が出る時間を述べた。やはり、翌日までかかるそうだ。
「研究所そのものへの立ち入りはその都度その研究所の許可が必要ですので、その点はご了承ください」
「分かったわ、ありがと!」
「……これは個人的な呟きですが」
窓口を離れようとしたヴィオレは職員を振り向く。彼は外した眼鏡を見下ろしたまま、ヴィオレと顔を合わせない。
「研究者のなかには見境のない者もおります。研究所区域はある意味で無法地帯と化しているところもありますので『変わったもの、こと』をもちいるのはおすすめしません」
眼鏡を磨き始めた職員に向かい、ヴィオレはひとつ首肯した。
掲示板に向かえばグレンが一枚の依頼書を手に振り返る。
「いいのあった?」
「丁度、迷宮絡みでな」
「あら、趣味と実益兼ねて一石二鳥ね」
依頼内容は面倒なものではなく、ランクも高くはない。しかし、多少なりとも利があるなら片手間に請け負うのは悪くないのだ。
先ほどとは別の窓口に並ぶグレンを見送り、ヴィオレは掲示板に目を向ける。
グレンが言っていた通り、研究絡みの依頼が多い。
人種性別年齢問わずで血液提供を大人数に募集かけたり、身体能力検査であったり、魔道具の使用テスト、耐久テストへの協力呼びかけ、その他色々。
(人工生物能力テストへの協力、か)
内容の被るものもある依頼の中の一つにヴィオレは目を眇める。
この世界の研究者はどのような性質で、どのようなつもりで自身の時間を研究に注いでいるのだろうか。その結果に対してどんな――
掲示板から目を逸し、ヴィオレはこちらへ近づくグレンを振り返る。
「行きましょうか」
「ああ」
ギルドの外はやはり活気が薄い。ひとまず宿のあるほうを目指して歩く。
本屋の数が多く、リベルを訪れる人間が一定以上の識字率誇っていることがよく分かった。飯の屋台では片手間に食べられる携帯栄養食が目立つ。ヴィオレが視線だけをあちこちに巡らせていると、マシェリがグレンに声をかける。
「ねえねえ、ああいうのって冒険者にも便利だと思うのだけど、リベルで売られているもののほうがフレーバー豊富なのはどうして?」
分厚いビスケットのような保存の利く栄養食を指さすマシェリにグレンは若干眉を寄せる。不機嫌なわけではない。
「必要な栄養と満腹感あって、飲み込める程度の味なら十分だからだろ」
「味気なくない?」
「最初から当てにするやついねえよ。保存利くもんと狩りの獲物になるのがねえ場合の最終手段だ」
ほほう、とヴィオレは頷く。グレンは食に興味がないわけではない。どうせ食べるならば美味しいものがいいくらいには思っている。そのグレンがこの発言なのだから、冒険者飯に貢献されるような発明がないのは案外需要の問題なのかもしれない。
「気力のほうが重視される場面もあるしな」
「……あなたに?」
根性論を唱えるような人物ではあるまいに、と大げさに驚くマシェリのつむじをグレンの指が押さえた。みいみい鳴くマシェリをヴィオレは反対の肩へ逃してやる。
「とんでもなくやばい状況を脱せたら食える飯ってのがあんな携帯食であるより、とにかく焼いて塩振った肉の塊っつうほうがやる気出るだろ」
分からなくはない。分からなくはないが、なにもそんな緊迫した状況の話をせずとも、とヴィオレは思う。しかし、余裕のある普段であれば尚更味気ない栄養食は嫌だろう。冒険者にとっての危険状態で求められるのは栄養食よりも回復薬だ。やはり、求める人間が違うのだとヴィオレは土地柄を感じた。
寝食疎かにして何事かを成そうとする人間の多い街、ちりりと神経を引っ掻いたものをヴィオレはまばたき一つで宥め、何事もない顔をする。隣で一瞥してきたグレンに当然気付きながら。
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