小説
三話



 渦炎とパーティを組んだことでヴィオレが今まで以上にやっかまれるようになったかといえば、ないわけではないが特筆するほどのものでもない。というのも、先の武闘大会の結果がギルドにも貼られたこと、観戦した者の証言などが情報を重視する冒険者という職業柄、浸透するのが早かったせいだ。
 元々、端々の行動で聡いものはヴィオレが「やばい」部類の人間だと察していたし、それが少しばかり一般的に認知されたことでヴィオレの周囲は平和なものである。
 ただ、別の問題がひとつ。

「ある子爵から指名依頼が入っています。視察の際の護衛と帰りに転移魔法で送って欲しいと」
「断っとけ」

 ギルドへ顔を出して早々、近づいてきた職員からの知らせをグレンはばっさりと切る。今日のリーダーはグレンである。しかし、そうでなくともお互い相手に伺うこともなく断るだろう。
 元々、Sランクの渦炎は貴族方に人気だ。物騒な迫力があるものの見目がいいこともあり、箔付けに指名依頼を寄越されることが少なくない。そこに扱える人間が希少な転移魔法を扱える魔法使いとパーティを組んだとなれば、並べて見せびらかしたい、話が聞きたい、あれやこれやの好奇心が湧くというものだ。

「お前、俺以上に便利道具に見られてんな」

 貴族の依頼だろうが躊躇なく断るグレンには慣れているのだろう、了解した職員が戻っていったのを見送ることなくグレンはくつくつ笑いながらヴィオレを見遣る。

「まあ、行きから転移しろとか無茶言う相手じゃないだけマシよね」

 目視できる範囲、行ったことがある、マーキングポイントと呼ばれる目印のある場所以外の転移は基本的にできないとされている。また、それらの場所であっても魔力や構成を阻害するものがあればとんでもない場所に移動してしまうこともあり、転移というのは非常に繊細だ。どこでも好き勝手移動できる手段ではないし、通行証、滞在許可証、住民票などを所有していない術者の転移を弾くように国が手段を講じて不法入国を防いでいるのが一般的である。
 だが、元より希少な転移魔法使いの事情など知らぬ者は多く、どこでも好きに移動できると思っている人間は多い。そういう人間に便利道具と見られることにヴィオレはとうに慣れてしまったが、この世界に次元回廊という概念が認知されていないのは幸いだ。最低でも目的地への距離や方角さえ分かれば大抵の場所へ行ける次元回廊はこの世界にとって革新的と言えるだろう。当然、ヴィオレに広める気はない。

「グレンだって便利道具通り越してアクセサリー扱いされているわよね」
「趣味悪いな」
「私もそう思うわ」

 見目も性能もいいが、気に入らない相手であればその場で契約破棄、下手すれば剣突きつけてでも帰りかねないのだから、呪われたアクセサリーもいいところである。
 気を取り直して掲示板に向かい、グレンとヴィオレはあれこれと依頼に目を通す。その内一枚をヴィオレが剥がし、グレンに見せる。

「あ? 護衛依頼じゃ……なるほど」

 護衛系の依頼に眉を顰めたグレンだが、内容をよく読んで嗜虐的な笑みを浮かべた。
 ランクはB、少数部族の元へ向かう商人と商品の護衛というところは一般的だが、少数部族のいる場所が高ランクのモンスターが徘徊する準秘境なのだ。これだけ見ればランクAでもおかしくないが、商品を運ぶ馬車が複数あるために護衛も数を雇うことを見越してのランク付けらしい。
 こういった場所はグレンの大好物だが、準秘境ともなると当然向かう馬車は存在せず、徒歩でも早々つく場所ではないため気軽には向かえないのだ。機会があれば是非、というやつである。

「いいのか?」

 伺うグレンだが、態々依頼書を渡したヴィオレに不満があるはずもない。頷いたのを確認してグレンは窓口へ向かう。

「こちらの依頼は二日後の正午に商人マーシャン様の屋敷へ向かってください。地図はこちらです」

 複数の護衛を集めるということで期間に間があるが、その間は迷宮でも潜って暇をつぶせばいいだけだ。
 依頼受付を完了して、グレンはヴィオレを誘って迷宮へ向かう。その会話を聞いていたギルド内の冒険者たちが遠い目をしていたが、心折れないだけ彼らは冒険者足るに相応しい根性を備えている。



 二日などあっという間にやってきて、グレンとヴィオレは普段歩き回っている場所よりも小綺麗な道の先、王都と比べるべくもないが、街の中では大きい部類の屋敷に辿り着く。
 案内された広間には既に数人の冒険者がいて、その中のひとりにヴィオレは眉を上げる。
 緋色の艶やかな唇は弧を描き、長い睫毛に縁取られた薄氷色の蠱惑的な垂れ目のそばには悩ましげな泣き黒子、白金に輝き波打つ長い髪、靭やかに伸びる雪肌の四肢と細い腰、対してたわわな乳房はなんとも肉感的だが、驚くべきは傾国の美姫が如き容貌よりもその肢体を覆う布面積があまりにも少ない点だ。
 ぴったりと肌に張り付くロンググローブを填めているが肩は丸出し、上半身に纏うのは首を覆う付け襟とそれが吊る形で乳房を支える装備。装備は特級品の素材が使われているようで頑丈そうだが、それでも乳房の約上半分、胴がほぼ丸出しではどれほどの意味があるのか。また下肢は肌に「直接」身につけた細い金属輪のようなベルトに前後長い布を垂らしているだけで、ベルトで吊ったロングブーツが膝上まであるものの太腿には拳銃備わるホルダーがあるのみだ。
 冒険者というのは危機的状況に身をおくこと前提で装備を揃える。その常識から考えても、女性という点から考えても、さらにその美貌を考慮しても、彼女の出で立ちはあまりにも無防備に過ぎる。
 というか、だ。
 ベルト周りにはベルトに付属させた物以外の要素が見えない。下肢に直接纏っている物がベルト以外にはブーツとホルダー以外見当たらない。
 直球で言おう。
 彼女は穿いていない可能性があった。
 いくら本人自ら晒しているとはいえ、女性の肌をじろじろと見るものではない。三男とはいえ貴族としての教育を受けたヴィオレは頭痛を覚える心地になりながら視線を彼女から剥がし、ある意味どこまでも女性らしい彼女と対極的ともいえるグレンを見ることで精神の安定を行った。

「なんだよ」
「グレンは男らしいわね」
「お前がもやしなだけじゃねえの」

 ヴィオレは一瞬で脚力を強化してグレンの足を踏んだ。それでも大した痛みには感じなかったのだろう、態々強化までして報復したヴィオレをグレンは呆れたように見遣る。

「やあやあ、皆様ようこそ我が依頼に応えてくださいました! 依頼人のマーシャンと申します」

 グレンの視線をヴィオレが睨み返したところでやや恰幅が良い壮年の男、マーシャンが現れにこやかに挨拶をした。
 冒険者が長ったらしい話を好まないことをよく知っているのだろう。手短に依頼内容や注意点を説明したマーシャンは早速乗り込む馬車への移動を促した。
 馬車の数は四台、一台につき冒険者を二名、マーシャンが乗る馬車には三人という配置だ。
 渦炎の名を知っているのだろう、マーシャンはグレンとヴィオレをさり気なく自身の馬車へ誘導し、あとの一人は先程の女性に決まった。マーシャンが鼻の下を伸ばしたわけではない。彼女はパーティを組んでいない今回の依頼で唯一単独の冒険者だったのだ。
 今回の依頼はBランク、最低でもCランクの冒険者である女性はマーシャンと、事が起きれば協力することになるグレンとヴィオレに向かい艶やかな笑みを浮かべる。

「わたくしクウランクッカと申します。よろしくお願い致しますわ」

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