小説
二話



 正式にパーティを組む前から鉢合わせればお互いを補い合っていたので、パーティを組んで初めての依頼と言っても気負ったり気遣ったりということはない。偶然ではなく前提になったのでひとりだと面倒で避けていたものも候補に入るのが精々か。
 選んだ依頼は採取系。沼地に生息するギーヴルが持つ宝石の目を一対につき金貨一枚というものだ。

「ギーヴルとやらは確か這うだけで地面や草木を枯れ果てさせる猛毒を持つ大蛇……竜であったか? 男の裸で逃げるとあったが、斯様な魔物の毒に侵された沼地にそなた全裸で挑む気か?」
「阿呆、誰が全裸で挑むか。大体逃してどうすんだ」
「それもそうよな」

 ヴィオレの裾引き外套は言うまでもなく、グレンの装備もそんじょそこらの毒や攻撃でどうにかすることは不可能だ。ギーブルの生息地は基本的に猛毒に侵され、沼に浸ろうものなら半端な装備では毒が侵食するだろう。そうでなくとも沼から立ち昇る瘴気を吸わないようにするための装備が必要だが、マスク型の装備はつけていると呼吸が若干妨げられるためにギーヴルと戦闘を行う場合は体力の消耗が著しい。動きが鈍ったところで食らいつかれでもしたら終わりだ。
 もっとも、グレンはこれを単体で攻略可能なのだが。

「っつっても、マスクうぜえし。お前いると便利だわ」
「そなた、私を便利な魔法の七つ道具とでも思っておらぬか?」
「じゃあ、お前は俺を便利な物理工事の七つ道具と思ってねえんだな?」
「……私の知る言語の一つに人間同士が支え合う姿から象形文字の『人』を表すものがあってな」
「お互い様なんだろ」
「それよ、それ」

 便利道具と言い合ってもふたりの間に不和の空気はない。どちらも出来る人間がやればいい、というある種適材適所の考えがあった。自分がやらなければ、とか、相手に任せきりにするのは、という気持ちはない。別の形で貢献する術をそれぞれ持っている。

「それにしても、グレンってほんとうによくご主人と会話していられるわよねえ」

 ヴィオレの肩にちょこんとお澄まししながらマシェリが言う。
 ヴィオレが直接話すようになったと言っても、今までは他人の気配も多い場所にいたので多く話したかといえばそうでもないのだ。ギーヴルの生息地を目指して森のなか、周囲に自分たち以外がいなくなった環境で饒舌になったヴィオレを相手してもグレンに変化はない。目の前で制御せず早口言葉を並べ立ててやることが相手への結構な嫌がらせになっていたヴィオレとしては、グレンの無反応という反応が新鮮だ。

「一番最初はちょっとだけど反応してたでしょ。今はどうなの?」
「慣れた」
「…………あなた、数年前に『あちら』へいたら間違いなく解剖されていたわ」
「物騒な国だな、おい」
「良い国であったし、我が祖国は左様な真似を許さぬよ。ただ、世界中の情勢が暗澹と、陰惨としておったのだ」
「戦争でもあったか」
「人類の荒廃を賭けた、な」

 思いもよらぬ規模の話をさらっとされて、グレンは真顔になる。
 ヴィオレの言葉が真実であるならば「規格外」を解剖しようという連中が現れるのも当然なのかもしれない。それが、希望に縋るためか、更なる戦火拡大のためか、どちらの手によるかは定かではないが。

「……そろそろ沼が近い」
「私にはまだ分からぬが、流石に鋭いの」

 言いながらヴィオレは指を振る。淡い緑色の光がグレンとヴィオレを包んで消えた。

「ふむ、やはりそなたは常人より効果切れが早そうだ。折々で重ねる故、時間配分への気遣いはいらぬぞ」

 毒除けの術式は永続するものではない。マスクによる弊害を厭うて毒除けの「魔法」を使う冒険者もいるが、効果が切れる前に依頼を達成しなければならないので余裕というものが中々生まれないのが通例だ。重ねがけは勿論できるが、魔法使いとて毒除け魔法だけに専念できるわけではないため魔力残量を気にしなくてはならない。その点、ヴィオレにはまったく問題ない。魔力に関してはヴィオレもまた「規格外」なのだ。

「言っておくが、毒除けは毒消しとは別ぞ。直接噛まれでもすれば……そなたには心配いらぬな」
「おい、俺も噛まれりゃ死ぬぞ」
「噛まれぬであろうが」
「信頼してんじゃねえぞ」

 苦笑するグレンは何気ない動作で抜剣し、一言ヴィオレに告げる。

「跳べ」
「応」

 グレンは持ち前の身体能力で、ヴィオレは転移術式を用いて。木の上へ退いたふたりがいた場所を蛇体が素早く通り抜ける。一拍遅れて枯れる地面は正しく毒の強さを見せつけた。

「茂みへ入ったが、追うか?」
「いや、ただの通りすがりだ。もう少しで沼だ、そこ行きゃわんさといる」
「なれば行くか」
「ああ」

 地面へ降りて瘴気の近いほうへ向かってほどなく、薄暗い霧の向こう、不気味な幾対もの宝石の目が光る。

「柘榴石にしても、金剛石にしても、あれだけの大きさであれば発掘では手に入らぬであろうよ」
「そっちのほうが断然安全だが、なっ」

 グレンが剣を振り抜けば、迷いなく襲いかかってきたギーヴルの一体が輪切りにされた。びちゃりと撒き散らされた血や臓腑もまた猛毒なのだろう、染みた地面が腐敗して瘴気を立ち上らせる。ギーヴルたちの向こうには尚濃い瘴気漂わす沼があり、この周囲だけうっすらと空気が紫がかってさえ見えた。

「さて、何体おるか分からぬが、全て屠ったとして納めた分は確実に報酬が貰えるのであろうな?」
「依頼人が払いきれない分は個人で売るなりすりゃいい」
「冒険者、ボロい商売よな」
「命張ってんだがな」

 こんな会話をしつつグレンはギーヴルの輪切りを生産していくし、ヴィオレは前言に従い術式が切れる前に重ねていく。必要な分は自身でも対処するヴィオレだが、戦闘を楽しみたいグレンのために積極的には動かない。一般的な冒険者パーティが見れば目を剥くだろう。助け合い、支え合いのもとで発揮される協力とふたりの姿はかけ離れている。
 だが、相棒なのだと当人たちは認識しており、補い合う関係であると定義すればその関係に間違いはない。もっとも、ふたりとも間違いであるとか、他称などの他所事にはまるで興味が無いのだが。
 グレンが輪切りにしたことで絶命したギーヴルから宝石の目を抉り取り、ヴィオレはぽいぽいと袋詰にしていく。一応、柘榴石と金剛石で分けているが、果たして個人で売るときは査定額に変化があるのだろうかと少し疑問だ。

「グレン、既に十五対集まったぞ」
「よかったな、残り五体だ」
「合計二十対か。金貨二十枚」

 分けて一人金貨十枚にしてもおいしい。
 やはりボロい商売だと頷くヴィオレの背後、グレンが最後のギーヴルにとどめを刺した。
 一般的にこの手の依頼は移動も合わせてほぼ一日がかりのところを半日足らずで終わらせて、依頼成果も満点。
 グレンとヴィオレによるパーティ、GVのランクが上がるのは遠くないだろう。

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