小説
忘れてしまうほどにあいした(先)



 目を覚ますのはいつだって突然です。
 他のひとは朝が辛いといって中々目を覚まさないものらしいのですが、私の目覚めは物心ついたときには既にぱっちりと唐突なものでした。
 それは私が殆ど毎日……覚えている限りは同じ夢を見て、同じ場面で目を覚ますからでしょうか。
 と、いいましても、私は同じ夢を見たということだけ覚えていて、どんな夢かまでは覚えていないのですが。
 夢は記憶の整理らしいです。では、私は十七年間かけても整理できない記憶があるということでしょうか。心理学のお医者さんにでも相談したほうがいいのでは、という気になってしまうけど、私の日常に対して困った影響はないのでこれからもそのまま放置の予定です。
 目が覚めたら布団でごろごろもしません。すぐに起きて歯を磨き、顔を洗って着替えもします。
 しゃっきりとした姿になると、私は自分に与えられた部屋の窓を開いて幼馴染の名前を呼びました。彼は私よりも少しだけお寝坊さんだから、向かいの窓がすぐに開くことはありません。今日は何十秒、何分かかるかしら。
 いつもより比較的早い一分後、窓が開きました。ひよひよと寝癖を揺らした彼が笑います。

「おはよう」

 私の大好きなひとから朝一番の挨拶。今日も私は幸せです。
 幼馴染との付き合いは病院の新生児室まで遡ります。誕生日は一日違いで彼のほうが私よりお兄さん。なんだかね、そのことがちょっとだけ不思議に感じてしまうんです。ほんとうは私のほうが年上なんじゃないかしら、なんて。彼はもの知らずなところのある私よりずっとしっかりしているから、そう思ってしまうのはおかしいことなのにね。
 お家も隣同士で幼稚園小学校中学校、高校まで同じところに進みました。
 物語のなかの幼馴染のような姿は現実では珍しいのですが、私たちにはあまり当てはまらないようです。自惚れじゃないんですよ? 私は彼の一番なんですから。
 幼馴染でいられなくなったのはいつだったでしょう。
 いえ、幼馴染という関係もしっくりくるのですが、それだけじゃ物足りないと思うようになったのは……思い返しても、ずっとそうだったとしかいえません。
 私は彼の幼馴染で親友で恋人でありたかった。
 彼もね、同じ気持ちなんだって言ってくれたとき、ほんとうにうれしかったんですよ。
 いつかね、彼が私をおいていってしまうんじゃないかしらって私は怖いんです。
 だから、毎朝変わらぬ彼と挨拶をするこの時間は緊張と安堵で大忙しです。
 それぞれ朝食を摂るために一旦窓の内側へ引っ込んで、次に会うのは登校時間。
 彼と並んで学校へ向かうのはいつだって新鮮な気持ちになります。
 毎日まいにちの一秒が知らない時間のように感じられるのです。
 私は日常で既視感を覚えることが多いのですが、何故か日常の一部であるはずの学校関係には既視感よりも未視感のほうが圧倒的なのです。特に、彼との登下校や一緒に受ける授業が。
 でも、学校関係でも既視感を覚えたものがあります。
 とっても嫌な気持ちになる話なのですが、中学生の頃の彼がクラスで二番目くらいに背が大きくなったときに虐めがありました。きっと内容を聞けば些細だとか小さなだとかひとは言うのでしょうけれど、虐めは虐めです。些細も小さいもありません。
 その原因は私にありました。
 彼がきれいだと褒めてくれる私の顔は、他のひとから見てもきれいなものらしいです。たまご色をちょっと濃くしたところに置かれた目鼻や口の位置が丁度いいそうで。
 そういう私とずっと一緒にいる彼が、気に入らないというひとがいたのです。
 私に隠れて行われたけれど、彼の変化に私が気付かないわけがありません。すぐに私は仕返ししました。同じことをしてやりました。でも、彼が気にするかもしれないからこっそりやりました。彼を虐めたひとたちも私にこっそりだったのだから、構わないでしょう?
 彼の虐めもなくなって、でも私は心配で、ますます一緒にいるようにしました。
 ああ、彼のほうからも積極的に一緒にいてくれるようになったのはその頃からかもしれません。怖いからとか助けたからとかではありません。
 ほら、男同士でしょう? あまりくっつきすぎてもからかわれるじゃないですか。だから人前では遠慮する部分もあったのですが、彼が隠さなくなったのです。
 私ですか? 嬉しいだけです。だって、私は彼以外からどう思われたって気にしないもの。彼がこっそりにしたいならこっそりにするし、彼が堂々とするなら私も堂々とします。
 彼とね、時々話すんです。
 うんと勉強して、頭良くなって留学して、海外で市民権やグリーンカードを取得して結婚しようって。
 恋人と夫婦は違うというけれど、彼も私も夫婦になることが関係を壊すことになるとは欠片も思いません。根拠のない自信と思われるかもしれません、夢見がちな十代と片付けられるかもしれません、でも、彼と私にとって夫婦になることはすごく自然なことに思えるのです。
 そのためなら困難な壁も乗り越えてみせます。
 それにね、留学そのものにも私は興味があるんです。いえ、正確には海外で発達している分野の学問にです。
 彼と少しでも長く生きていくために、人間の寿命というものについて学びたいのです。
 不老不死の危険性やつまらなさというのは物語で幾らでも語られています。でも、考えてみてください。肌を若返らせるための美容、長生きのために治療方法が確立された病気の数々。現代医療は突き詰めて言えば間違いなく不老不死を目指しているのですよ? 私がそれを目指すことに、なんのおかしさがあるでしょう。
 私はずっとずっといつまでも彼といたい。
 彼といる時間を十分だと思う日なんてきません。
 例え今日生きる命が尽きてしまっても、もう一度生まれ変わったって彼のそばへ寄り添います。
 何度でも、終わりが終わるその日まで。
 ええ、だって私は彼のことが大好きなんですもの。
 大好きなひとのために一所懸命になるのは、とても――人間らしい行動でしょう?

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