小説
十一話



 日曜日というは土曜日よりも気分が盛り上がらない。明日が月曜日だという後ろのない道を否が応でも意識してしまうからだ。しかし、人生には月曜日しかないわけではない。有り余る体力は土曜日に出かけようが賢治を余裕で外出に促す。
 折角なので会長が買ってくれたシャツを着て、誘ってくれたクラスメイトとの待ち合わせ場所である創立記念樹のもとへ向かえば途中で携帯電話に「靴紐切れたから取り替えに行く。ちょっと遅れるごめんちゃい」とクラスメイトからメールが届いた。会長のメールとは雲泥の差のイラッと来る文面に、賢治は「周囲をよく見ろ、頭上ではカラスがカーだし、目の前では黒猫がにゃーだ」と返しておく。
 どの程度遅れることになるのかは分からないが、靴を変えるだけでは然程待つこともないだろうと賢治はそのまま創立記念樹に向かい、その幹に軽く背中を預けて腕を組む。
 敷地の正門にほど近く植えられた創立記念樹の前は日曜日ということもあり、外出する生徒たちがよく行き交う。なにを考えるでもなくぼうっとしていた賢治は、ふと自分にちらちらと寄せられる視線に気付いた。視線を送る多くは会長きゃーが鳴き声の生徒で、昨日一緒に帰ってきた姿を見られて噂拡散でもされたのだろうかと賢治は眉を寄せる。
 しかし、現実はある意味でそれよりも厳しい。
 賢治を見て三人ほど寄り添いヒソヒソやる皮肉を言えば女子力高い生徒のうち一人が賢治に近づいて、恐る恐る声をかけてきた。

「あの、そのシャツどこで買ったんですか?」

 賢治は怪訝な顔をする。他人のお洒落にリスペクトとしてスタディ求めている様子ではない。
 なんと答えるべきか考えている賢治に焦れたのか、せっかちにも返事を待たずに生徒は続ける。

「そのブランドって一部でセット販売っていうか、ペアになっているのを販売することがあって、同じものは作っていないんです。そのシャツとペアっぽいやつ……さっき会長が着て――」

 賢治はFクラスらしい行動をした。平たく言えばメンチ切りながら「あぁん?」と凄んだのだ。生徒は「ひぃ」と声を上げて後ずさりした。賢治は追撃として顎を上下に揺らしながら「お? あん?」と生徒に近づく。脱兎のごとく逃げ出す生徒、はぐらかしに賢治は成功した。半泣きで仲間のもとへ逃げ帰った生徒たちが去るのを確認し、賢治は頬を掻く。
 賢治が普段お世話になっているブランドではなかったので知らなかったが、メンズブランドでなんとも変わった売り方をしているものだ。会長が最初に持ってきたロゴ入りTシャツ、あれも該当商品だったのかもしれない。
 賢治は煙草を取り出したくなったが、場所が場所なので我慢する。
 会長はどういうつもりで自分とペアルックになど挑もうと思ったのか。学園に笑顔をそんなにもたらしたかったのだろうか。それとも。

「ケンケン、待ったぁ?」

 クラスメイトが裏声を出しながら片手振り振り駆け寄ってきた。賢治は「ううん、そんなことないよ。今きたとこ!」と顔の横で拳を握り、肘を振る。双方大変気色悪いがお互い気にすることなく素面に戻って歩き出し、今日の目的であるゲームセンターの新作アーケードについて議論を交わす。
 ゲームセンターというのは大変煩い場所であり、比較的静かなはずのクレーンゲームコーナーであっても耳にノイズキャンセル機能が働いているかのような錯覚を覚える。そんな場所にいたものだから、賢治が携帯電話に入っていたメールに気付くのが遅れ、会長から入っていたメールを見たのはクラスメイトとやたらと目が巨大に加工されたプリクラに爆笑し、それを携帯電話に転送しようとしたときだった。
 内容は簡潔で「いまどこー?」というもの。自分と相手の関係、そして相手が会長という存在であることを思えばこの内容はどうなんだろうかと賢治は首を傾げるが、その指はクラスメイトとどこそこのゲーセンなうという内容を返信している。待たせてしまったにも関わらず、会長からの返信は然程待つことなく届いた。

「……この辺に乳製品専門店なんてあんの?」
「あるよー、俺そこのヨーグルト好きで時々買ってるし。え? 興味あんの?」
「買い物頼まれた」

 賢治の居場所を知った会長からの返信は、近くにある店からシェーブルを買ってきてくれというものだった。賢治はシェーブルがなにであるかを知らない。
 クラスメイトは「誰から誰から!」と賢治に買い物を頼んだという人物を気にしたが、賢治が「……料理上手でこっそり相手にペアルック着させる奴」と応えると生温い顔で「合コンの予定早めるな」と言ってきた。パロスペシャルの刑に処すしかない。
 パロスペシャルの前段階としてローキックを加えながら急かせば、クラスメイトは「やめてよして触らないであなたきらいよ」とやたら懐かしい替え歌で賢治を批難しながらも店へと案内してくれた。
 乳製品専門店だけあって乳やらバターやらに始まり様々なものが揃っている。
 繰り返すが賢治はシェーブルを知らない。名前から想像してもひげ剃り用の泡や特殊なケーブルが浮かぶけれど、絶対に違うと賢治は確信していた。

「お前、シェーブルって知ってるか?」
「ひげ剃り用の泡?」

 クラスメイトと図らずも同じ想像力値であったと判明し、賢治は遠い目をする。その視界に店員を見つけ、賢治は賢明にも想像頼りに商品を選ばず専門家に訊ねるという英断を下す。無事にシェーブルが山羊のチーズであることを知った。山羊のチーズはシェーブル、賢治はひとつ賢くなる。

「うい、お疲れっしたー」
「っしたー」

 暗くなるまで遊び倒し、寮についた賢治はクラスメイトと分かれてからシェーブルの入った袋を見つめる。
 これは直接届けたほうがいいのだろうか。
 メールで呼び出すという手段もあるが、会長のことだから移動中目立つだろうし、なにより会長が来るまで待つというのもばかばかしい。賢治はかさりと袋を鳴らして会長の部屋へと歩き出した。

[*前へ][小説一覧][次へ#]

あきゅろす。
無料HPエムペ!