小説
三話



 熾烈なる購買戦争を経て一つ成長した賢治は屋上に来ていた。教室に戻ると敗残兵が襲ってくることがあるらしいのだ。
 賢治の戦利品はメンチカツパンとエビマヨコッペパン、デザートのメロンパンである。購買のメロンパンには夕張クリームが入っていて美味しいと評判だ。
 お供のヘルシア緑茶のキャップを開けて、ぱん、と手を合わせる。

「いただ――」

 屋上のドアが開いた。
 もしや奇襲かと慌ててパンをまとめたところで賢治は気付く。やってきたのは会長だった。片手には弁当箱、片手には黒烏龍茶がある。

「すまん、仲間に入れてくれ」
「お、おう」

 いつぞやのように賢治のそばに座った会長は「ありがとう」と一言置いて、弁当箱を広げ始める。親元離れて全寮制の学園に入って暫く、とんと見る機会を失った茶色いおかず弁当だった。
 食堂にも弁当を謳ったメニューはあるのだが、色とりどりにバランス良く上品で、会長の弁当のようないかにも「母ちゃん、あんたの好物いっぱい詰めたからね!」という弁当はない。思わず喉が鳴る。

「ん? なんだ、分けてやろうか?」
「いや、悪いし」
「部屋に戻れば余っているしな、構わん。好きなの持っていけ。ショバ代だ」
「だから、ここ俺の私有地とかじゃねえから……」

 言いつつも素直な男子高生の胃袋、賢治は会長の差し出す弁当箱から丸々とした唐揚げを一つ失敬した。指先で摘んで置くところもないのでそのまま口へ、ジューシーな肉汁と醤油風味が堪らない。

「うめえ!」
「そいつは重畳」

 嬉しそうに笑う会長。ご尊顔が眩しい。
 部屋に余っているという言葉やこの笑顔、ひょっとしなくても会長が作ったのだろうかと考えた賢治は尊敬の眼差しを送ってしまう。
 賢治が作れる料理はスクランブルエッグと目玉の潰れた目玉焼き、あとは米が炊ける。一人暮らしをすればビニ弁や外食のお世話になることだろう。豊かな食生活をしたければ料理上手な恋人を作るしかない。
 油のついた指を舐めれば特に無作法を咎めることなく、会長がウェットティッシュをくれた。ありがたく指を拭ってようやく自身の戦利品であるメンチカツパンを開ける。大口を開けて齧り付けば肉の旨味が口の中に広がる。ソースの酸味がなんともいえない。
 二口、三口と続ける隣、会長がむしゃむしゃと蓮のきんぴらを食べている。ひとの食べているものはどうしてこうも美味しそうなのか。しゃきしゃきと聞こえる歯ごたえがいけないのだ、と賢治は責任転嫁しつつ、会長の口元に釘付けになった視線をどうにか剥がす。しかし、それには少し手遅れだったようだ。

「……食うか?」
「……いただきます」

 結局、会長は弁当のおかずを三分の一も賢治に譲ってくれた。流石に申し訳ないのでデザートのメロンパンを半分こすれば、どれだけ好物なのか花が咲いたように笑う。眩しいったらありゃしない。

「そういや、会長はなんでここに?」

 ヘルシア緑茶の苦味で口の中をさっぱりさせ、そのさっぱりも台無しに食後の一服を楽しみながら訊ねれば、会長は弁当箱を片付けながら「実はな」と口を開く。

「食堂が騒がしくなると言っただろう」
「おう」
「というのも、それはうちのばかどものせいでもあるんだが……」

 うちのばかどもとはもしかしなくとも生徒会役員のことだろうか。だとすれば会長は案外口が悪い。もっともお上品ばかりではとっつきにくいので、賢治としては好ましいのだが。

「書記の幼馴染が調理部の部長でな。厨房とのコラボメニューが今日限定でこっそりと食堂のメニューに上がるんだ。あいつも普段は騒がしいのを好まないから食堂を使わず弁当持参なんだが、今日ばかりは食堂へ行くと言ってな……」
「人気者の登場に食堂はアイドルコンサート状態ってか」

 それは行かなくて正解である。
 身内だから事前情報を備えていた会長の親切に賢治は感謝する。おかずも美味しかったし、ひとの親切は素直に受け取るほうがお得だ。
 弁当箱をしまい終えて、会長は黒烏龍茶をごきゅごきゅと飲み始める。茶色いおかず、脂っこいものが多かったので黒烏龍茶はさぞかし頼もしいだろう。

「いい飲みっぷりだな」
「さすがにおかずが偏り過ぎた」
「いつもは違えの?」
「もうちょい緑豊かだ」

 少々失敬する程度ならばなんとも思わないが、それを主に食べるならば確かに茶色面積が広すぎた。

「冠城は野菜食うか?」
「俺?」

 賢治はフィルターを噛みながら考える。
 分かりやすく肉食の賢治は野菜を積極的に食べた記憶はない。

「付け合せとか、アスパラのベーコン巻きとかそういうのなら……」
「サラダ食えよ」
「……ポテサラ?」
「根菜じゃないか」
「に、人参入ってるだろ」

 言ってから気付く。根菜だ。
 自分の馬鹿さ加減に落ち込むが、会長は賢治を馬鹿にせずくつくつと楽しそうに喉を鳴らしている。

「普段、なにを食べて……ああいい、言うな。大体察しがつく」
「うっせ」
「なんなら、俺が作ってやろうか?」
「はあ?」

 どうしてそうなったのか。
 眉間に皺を寄せる賢治に会長が人差し指を立てる。

「自炊したほうが金がかからん。材料費払っても食堂使うより食費が浮くぞ?」

 賢治の脳裏に発売日間近のゲームが過る。よりにもよって気になる作品が三本も発売されるため、新品は諦め数週間遅れで中古を買うしかないかと思っていたのだが。尚、一週間経たずに買取額が半額切るようであったら逆に見送る。

「……加熱してない野菜は少なめで頼む」
「了解だ」

 親切は素直に受け取ると決めたばかりだと自分を誤魔化し、賢治は会長と昼食を共にするという約束を交わした。

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あきゅろす。
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