小説
二話
果たして会長の言葉はほんとうだった。
校舎の手前、たまに並んで喫煙することもある連中が尽く悪い笑顔の風紀委員によってしょっ引かれていく。
賢治の前にもまた、笑いを堪えようとして堪え切れない風紀委員長が口をむずむずさせていた。
「持ち物検査だ」
「ん」
差し出した鞄。置き勉上等故に軽いことこの上ないそれを明け渡す賢治に、風紀委員長は怪訝な顔をする。あまりにもあっさり渡す姿が疑問らしい。
神経質な仕草で鞄を漁り、驚愕。
賢治の鞄はひっくり返しても、筆記用具などを別にすれば隅っこに溜まった塵くらいしか出てこない。
「……服を検めるぞ」
「どーぞ」
上着を脱がされて全身弄られ、靴まで脱がされてもなにも出ない。
「なんでや!!」
「委員長、口調」
西生まれでもなし、西に親戚もいないのにどうした、と宥める賢治が癪に障ったのか、風紀委員長は「おかしいじゃない!」と今度はオネエ口調になる。
「アンタそんなにぷんぷん煙草臭いくせになんなのよ! どこに煙草隠したのよ! 出しなさいよ!!」
「煙草フレグランスしたからって煙草持ってるっていうのは早計ってことだろ。ほら、しょっぴかれてる奴らうちのクラスの多いし移り香だよ」
「嘘おっしゃい!」
風紀委員長の興奮は止まらない。
折角手持ちの煙草を処分したのに面倒くさい、とため息を吐いたところで後ろから黄色い声。振り返った賢治の目に朝から隙のない容姿の会長が映る。
「なんだ、持ち物検査の日だったのか?」
さもびっくりとばかりの顔をする会長に賢治は吹き出しそうになるのを堪える。
「ちょっと聞いてちょうだいよ!」
「聞くのは吝かではないが、お前口調どうした」
風紀委員長に肩を揺さぶられ、会長は真顔で返す。他の生徒に比べれば付き合いの深い会長相手だからか、風紀委員長ははっと我に返り咳払いで誤魔化した。だが、登校時間の校舎前だ。風紀委員長の乱れた口調は多くの生徒が聞いてしまっている。
「冠城が喫煙常習者であることは知っているだろう?」
賢治を示す風紀委員長の指を会長がやんわりと折る。
「ネガティブ、俺は実際に冠城賢治の喫煙現場を目撃、認識していない。認識していない以上、事象を確定のものとして扱うことはできない」
会長も口調どうした、と賢治は半歩後ずさる。
ぐぬぬ、とばかりに口を閉ざした風紀委員長は引くしかないと諦めたのか、ぎっと賢治を睨むとビシッと人差し指を突きつける。会長がやんわりと折った。
「その尻尾をいつか掴んでやるからな!」
まるで負け犬の遠吠えそのままに一喝、風紀委員長は新たな得物目指して登校する生徒たちに襲いかかっていった。
「…………あー、さんきゅ」
「どういたしまして」
誰かの耳に入ると面倒なので主語は言わない。しかし、会長にはきちんと伝わったようだ。きれいな笑みを一つ、ひらりと手を振って校舎の中へ入っていく。賢治も続いたが、学年は同じでも優等生と問題児は分かりやすく教室を分けられているために同じ方向へ進むことはない。
別れ際、会長が不意に賢治へ手を伸ばした。
「襟が曲がっている」
曲がっているどころか釦を二つ外してネクタイもしていない辺りにツッコむべきではないだろうか、と思った賢治だが、かさ、と音がしたことで近い距離にある会長の顔を見る。ほんの僅か下にある目には長い睫毛がかかって頬に影を落としていた。
目を合わせた会長が意味ありげに眉を上げ、賢治に背を向ける。
ぼさっと突っ立っていた賢治は鎖骨の辺りを擽る紙を取り出した。
――今日の昼は食堂がうるさくなる。
襟を直すふりで仕込まれた紙には一言だけ書かれている。
賢治は颯爽とした会長の背中を見るが、会長が振り向くことはなかった。
「……ご親切にどーも」
事前に用意されていたことは明らかだが、何故そんな親切をするのか賢治は分からない。
けれど、この親切が嘘であるとは思わなかったので、賢治にはそれだけで十分だった。
食事はゆっくりと摂りたい。
賑やかであるのは結構だが、うるさいのは勘弁だ。
ならば、会長の親切に従い今日は食堂へ行くのをやめよう。
決めるのは早く、賢治はくしゃり、と紙を握り潰すと空っぽに近い鞄の中へと放り込む。
自身の教室に向かえば運良く風紀にしょっ引かれなかった喫煙常習者のクラスメイトが挨拶をしてきた。
「偶然切らしてたからラッキーだったけど、不意打ちマジ勘弁だよなー。冠城も切らしてたん?」
「おう」
「そんだけ臭いしてんのに物的証拠がないから見逃されるとか笑える」
そうだなあ、と賢治は頷く。喫煙は明らかなのに見逃さざるを得なかった風紀委員長はさぞかし悔しかっただろう。八つ当たりに襲撃されたであろう他の生徒は可哀想だが、賢治は心のなかで会長に手を合わせるばかりだ。
「そういや……」
「なん?」
「お前、購買攻略詳しかったよな」
クラスメイトはふふん、と胸を張る。
「ちょっと舞ってろ」と言われたので全力でソーラン節を舞っていたら何やらクリアファイルを持ったクラスメイトが戻ってくる。
「これがルートと、各地点にたどり着くベストな時間な」
「ソーランソーラン!」
「まず、授業が終わる瞬間に――」
「ドッコイショードッコイショ!」
「ここでこの教室から第一陣が出るから足止めの――」
「ハイッハイッ!」
最後にはふたりでビシッとポーズを決め、教室中から温かい拍手を贈られ照れていたら担任が入ってきた。賢治たちは騒いでいたのを誤魔化すために拍手の送り先の宛名を担任へ変更する。
「な、なんだよ、お前等……」
「先生、ありがとう」
「おめでとう、先生」
SHRは題目の分からない「先生おめでとう会」になり、最後は涙を流す担任と生徒による篤い絆が確認された。
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