小説
一話



 この学園には分かりやすくモテる奴がいる。筆頭が生徒会役員なのだが、更にその生徒会役員の筆頭たる会長のモテ具合ときたらお察しなわけで、校舎から聞こえてくる黄色い悲鳴を流しながら賢治は煙草を呑む。テスト明けの煙草は五臓六腑に染み渡るように効く。実際染み渡ったらまずいのだが。
 おっさん臭い声を出しながら煙草をぷかぷかやっていると、火先の向こうの青空がやけに眩しく感じる。屋上に屯していた不良を一掃したのはやはり正解だった。そうでなければこんなにも暢気に青空眺めて煙草を咥えるなどできなかっただろう。世の中の禁煙の風潮など知ったことではない。肩身の狭い喫煙家がそれでも限られたスペースで喫煙し、健気に分煙しているというのに喫煙しているというだけで迫害してくる嫌煙家は軒並み燻されて燻製になってしまえばいい。賢治は煙草を吸っているときが一番幸せだった。
 故に、そんな喫煙中に誰かが屋上へやってくれば眉間に皺が寄ってしまうのも仕方なく、それが生徒の模範たる生徒会長であれば寄った皺も深くなる。

「すまん、喫煙中だったか」

 屋上のドアを閉めてなんでもない顔でそばに腰を下ろした会長に、賢治は怪訝な顔をする。説教や注意のひとつもないとは何事か。望んでいるわけではない。無論。
 会長は賢治の視線をなんだと思ったのか、小脇に抱えたノートPCを立ち上げながら独り言のように呟く。

「追い掛け回されていたんだが、急ぎで仕上げたいものがあってな。静かな場所を探して此処にきたんだ。終わればすぐ帰る。O2のようなものだと思ってくれ」
「いるだけで鬱陶しいという害がある辺りCO2じゃねえの……」
「CO2だって生きるのに必要なんだぞ」

 そういうことじゃないんだが、という賢治の気持ちをさっぱり察してくれない会長は早速キーボードをかちゃかちゃ言わせ始める。素晴らしいタイプ速度は何気なく窺うとテンキーをもタッチタイプで叩いており、キーボードを見ながらローマ字入力がそこそこの速さという賢治は思わず「おお」と声を上げる。

「なんだ」

 視線を向けないまま会長が問うが、タイピングすごいですね、と言うのも間抜けな気がして賢治は別に、となんともつまらない返しをする。会長は気にした様子もなく「そうか」とひとつ頷いた。
 止めどないタイプ音というのは聞いていると段々小気味良く感じ始め、賢治は拍子を取るようにぷかぷかと咥えた煙草を揺らし始める。
 かちゃかちゃ、ぷかぷか。
 灰が落ちそうになって賢治は煙草を指で挟んだ。携帯灰皿に押し付けてさあもう一本、となるのがいつものこと。しかし、いくら最初咎められなかったからといって会長がいる隣で続けるというのは如何なものだろうか。
 横目で窺う賢治にどれだけ察しがいいのか、ディスプレイに集中していたはずなのに会長は「どうした」と視線も上げずに問いかけてきた。

「……煙草、もう一本いいか?」
「構わない。俺が後から来たんだしな」
「…………注意とかねえの?」
「それは風紀に言ってくれ。此処ではお前が好きなようにしていたんだろう。それに割り込んだのにあれこれ文句をいうほど俺は図々しくないぞ」
「……案外、話が分かるんだな」
「ありがとう」

 礼を言われると微妙な気持ちになり、賢治はつい「別に褒めてねえ」などと言ってしまったが、会長は機嫌を損ねた様子もなく「それは残念だ」とディスプレイを見たまま口角を上げる。
 笑みという表情になった会長は、なるほど確かに騒がれるのも納得の整った造形をしている。男にもきれいという言葉が通用するのだと賢治は初めて実感した。しかし、所詮は同性の顔。やたらと会長を追い掛け回している連中のように賢治が長々と会長の顔に見惚れることはない。
 許可を貰ったのだから遠慮は無用、取り出した新たな煙草に火をつけて咥えれば、賢治の目は日向ぼっこをする猫のように細くなる。ぷっかりぷっかり、浮かぶ紫煙もどこか楽しげだ。
 ぷかぷか、かちゃかちゃ。
 新しい煙草も半分ほどしたところでタイプ音が止む。再び視線をやった先、会長が首を横に倒す。存外白い喉元が覗くのと同時、こき、と骨が入る音がする。

「終わり?」
「終わり」
「お疲れさん」

 初めて会長がしっかりと賢治に目を合わせ、ふっと表情を緩める。やはり、きれいである。

「場所の提供感謝する」
「別に俺が土地代払ってる場所でもねえし」
「だが、邪魔者は全部追い出したのだろう? 一時とはいえ置いてもらえたのは上々だ」

 立ち上がり、軽く尻をはたいた会長はノートPCを小脇にドアのほうへ向かいかけ、会長は立ち止まる。

「そうだな、礼のひとつでもしておこうか」
「いや、別にいらねえよ」
「明日、風紀が持ち物検査をする予定だ」

 真顔で会長を見ればにやっと笑い、立てた人差し指を唇にあてる仕草も一瞬。まるで猫のようなしなやかさでドアの向こうへと姿を消す。
 会長に関しては煩いのを引き連れた奴という印象だったのだが、個人として見れば中々に話が分かるというか、気前がいいというか。賢治は少しばかり会長に関する認識を改める。
 しかし、改めたところで意味はないだろう。
 賢治は会長が忙しい時間であっても平気で屋上に紫煙漂わせるような一般からちょっと片足はみ出させた生徒だし、会長は会長。生徒からの人気絶大、成績優秀な学園の自慢である。
 そう考え、賢治は短くなった煙草を携帯灰皿に押し付ける。じゅ、と音を立てた煙草、まだ残っている煙草の本数は多い。
 さて、これを明日までにどうにかしなくては。

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