小説
三十話




 武闘大会優勝となれば名が広まるのは当然、まして開催場所は王都。観客の中には貴い身分のも方々もいて、話が聞きたい等の冒険者への依頼としては如何なものかという内容で指名する始末。グレンは当然これらを蹴っている。それはヴィオレも同じ。
 ヴィオレは未だDランクだが、騎士団長の息子ということで魔法無効化の特殊体質を知る人間が多いだろうティミッドを魔法で、あるいは直前の剣で勝ってみせたことにより注目が集まっている。特に熱心に講釈を求める魔法使いたちもいたのだが、ヴィオレは煙に巻いていた。
 ひとつの催しが終わっても王都は賑やかだ。
 国内外の人々が多く行き来し、物流も然り。ひとでもものでも、繋がりを求めるならば良い環境である。
 しかし、グレンにとってはそうではない。
 ただ強さを求めるグレンは武闘大会が終わってしまえば王都に用がない。手応えらしきものを感じたのはトリフォイルのパーティくらいだったのが残念ではあるが、他にはいないのかとうろうろするくらいなら迷宮へ向かう。王都の近隣に迷宮は多くない。

「で、俺はそろそろ前の街に戻るがお前はどうする?」

 宿、ヴィオレの部屋を訪れたグレンにヴィオレっは考えるように視線を巡らせ、軽く頷いた。

「ご主人も戻るわ。どうにも此処、鬱陶しいもの」

 マシェリがどこか不機嫌そうなのは、貴族のひとりに珍しい人形として譲ってもらえないか交渉を持ち掛けられたからだろう。
 宥めるようにマシェリの髪を梳いていたヴィオレが不意にグレンを見る。

「なんだ」
「いい魔石は見つかった?」

 グレンはひょい、と眉を上げる。
 武闘大会の優勝賞品である剣は素晴らしいものだった。剣の新調を考えていたグレンにはまさに渡りに船である。
 切れ味も耐久もまさしく特級品。だが、なによりの特徴は全属性を付与できるという点だ。
 しかし、そのためにはひとつ問題がある。
 属性を付与できる、ということは元々備えているということではない。
 剣には魔石をはめ込む部分があり、はめ込む魔石により属性が付与できるのだ。
 魔石そのものは迷宮を渡り歩くグレンだ、幾らでも持っている。しかし、さすがは迷宮品というべきか、特級品の剣ははめ込まれる魔石も特級品しか認めなかった。魔石をはめ込むための窪みから計算すると、出回るのも珍しいほどの逸品が求められる。鑑定によれば大きい場合であれば勝手に窪みが広がるが、小さい場合は受け付けないという。
 幾つかの単一属性の魔石であれば相応の大きさのものがグレンの手持ちにあるが、多重属性はあと少し惜しいというところで小さい。
 金でどうにかなるのであればどうにできるだけのものがグレンにはあるが、物自体が珍しいのだからどうしようもない。
 両の手のひらを天井へ向けるグレンに全てを察したか、ヴィオレが肩を揺らす。
 せっかくの特級品、振るうに見合う実力を備えているのに、その全力を引き出せない理由が世知辛い。苦笑も舌打ちも超えてため息しか出ないというものだ。
 そんなグレンに向かい、ヴィオレが片手を差し出した。怪訝な顔をするグレンにマシェリが「お手」と一言。思わずヴィオレの手を叩き落とす。

「ちょっと!」
「ああ、悪い。お前じゃなくてこっちが悪いんだったな」

 人差し指をマシェリの頭頂にぐりぐりと押し付ければ、悲鳴を上げてマシェリが部屋の隅へ逃げる。
 鼻で笑うグレンに苦笑を一つ、ヴィオレが再び手を差し出した。

「なに、手ぇ置けって?」

 頷かれ、グレンは男相手にな、と思いながらもヴィオレの手のひらに片手を重ねる。力は込めていないとはいえ叩き落としてしまったことを詫びるような気持ちで軽く握れば、そのままくるりとひっくり返される。
 グレンの手の上にヴィオレの手が重なっているような状態から、ふっと手のひらが熱くなってグレンの眉が寄った。
 熱源を広げるようにヴィオレの手がゆっくりと離れ、完全に手がどけられたときグレンの掌には大きな魔石が乗っていた。

「……おい」

 空間魔法ではない。その場で創りだされた魔石だ。
 魔石は自然、あるいは迷宮でしか発生しない。人工魔石の研究はされているが魔力含有量は話にならないし、魔力を失った空の魔石に魔力を込めることで再利用はできても魔石そのものを創りだすことはできない、はずなのだ。
 グレンの脳裏にヴィオレを道具屋へ連れて行ったときのことが過る。
 広袖に片手をいれて取り出された魔石。まさか、あれも空間魔法ではなく、袖の中で魔石を創り取り出したのか。

「ご主人が『魔法使い』と呼ばれる理由の一つね……ふふ! お詫びよ」
「詫び?」
「決勝戦の相手、ちゃんとタッグ組ませてたらもう少しあなたでも楽し……まあ、それなりの手応えっぽいようなないようなものはあったと思うのよ。それを邪魔してしまったお詫び」
「別に、そんなもんは……」
「あったほうが嬉しいものでしょ? ご主人にとっても大変なことじゃないわ。貰っておきなさいよ」

 グレンは無言でポケットから優勝賞品である剣を取り出し、魔石を嵌める。魔石の中が揺らめき、剣を魔力が覆った。

「属性は?」
「全属性」

 グレンの片手で顔を覆う。

「……どーも」
「どういたしまして。ああ、街に戻るのはいつ?」

 ほんとうに大したことないようにヴィオレは手をひらひらと振り、膝をよじ登ってきたマシェリを抱き上げている。そういう態度をとる相手にこちらがいつまでも引きずるのはばかばかしく、グレンはありがたく完成した剣をポケットにしまうと一応の予定を告げた。



「へえ、もう戻るんだ。まだまだ王都はきみたちの話題でもちきりなのに」

 宿を出て駅馬車へ乗りに向かう途中、朝っぱらからかふかふと肉の串焼きを食べながら歩くトリフォイルに会った。パーティメンバーの姿はなく、気安く話しかけてくるトリフォイルにどこへ行くのかと訊ねられたので王都を出ると答えれば意外とも思っていない顔。
 食べ終えた串をぷらぷら揺らすトリフォイルは少し眠たそうにまばたきをするヴィオレを見て、グレンを見て、またヴィオレを見る。

「……なんだよ」
「いや、一緒に戻るんだなあって。やっぱり、パーティ組むの?」

 グレンは少し下にあるヴィオレの顔を見る。ヴィオレも僅かに顎を上げてグレンを見上げる。
 沈黙。

「……うん、組まなくてもお互い平気なんだろうけど、逆に組まない理由もないんじゃない?」

 トリフォイルは半笑いでひらひらと手を振り「じゃ、またいつかね」と言って歩き出した。
 グレンとヴィオレも予定通り駅馬車へ向かい、他に乗る人間もいない馬車の中に並んで座る。
 ヴィオレと組まずとも、グレンは冒険者としてやっていける。事実、ソロのSランクという規格外と呼ばれる地位にいるのだ。
 ヴィオレもまた、グレンがいなくともランクを重ねて上ってくるだろう。
 だが、お互いがいれば楽なのは確かで、お互いが隣にいて違和感にならない。
 パーティを組んだところで、変わるものはない。
 公的に、迷宮のちょっとしたところに都合がいいことはあっても、不都合なことなど、なにも。
 グレンは隣を見る。濃い紫の目が自然に向けられた。
 しっくりと自身の隣に馴染んだ存在同士であるならば、それは――

「パーティ、組むか?」

 気負いもなく口にしたグレンにヴィオレは目をまたたかせてから、不意に片手を胸に置く。

「――ヴィオレフォンセ」

 僅かに脳が揺れるような波はしかし、不快とは思わない。グレンは耳を澄ませる。

「ヴィオレフォンセ・ニュイブランシュ=エタンセルと云う」

 滑らかな楽器のような声が告げるヴィオレの正式な名前。濃い紫の目に湛えられた真摯な光に、グレンもまた応えるように口を開く。

「グレン・ヴァーミリオン」

 パーティを組むならばギルドで手続きがいる。申請登録して初めてパーティとして成立するが、グレンの間にもヴィオレの間にも変わるものはない。
 ならば、それは既に成り立っていたものが在るということだ。名称を置き去りに、築かれたものがあるということだ。
 まるで、剣のくぼみにぴったりと当てはまった魔石のように、この上なくしっくりと落ち着いた関係。それを言葉に当てはめるのなら――

「よろしく――相棒」

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