小説
二十六話



「いよいよ準決勝、決勝戦に進出するのは果たしてどちらか!」

 渦炎とSランクパーティがぶつかる準決勝ともなれば、今まで以上の熱気が闘技場に渦巻く。
 トリフォイル率いるパーティメンバーは六人。二人のAランクを除いて、あとの四人は全てSランクの冒険者で構成されている。冒険者パーティとしてはトップクラスだ。それでも、中央に立つトリフォイルの顔に優位の色はない。

「お手柔らかに頼むよ」

 鼻で笑うグレンにトリフォイルが苦笑いしたところで、司会が開始を宣言した。
 いつものようにヴィオレが下がるのを視界の端に、グレンは一瞬よりも尚短い時間で剣を抜く。受け止めたのは前衛のひとり。間髪入れずにトリフォイルが背後に回る。首を落とす勢いの刃の腹を裏拳で叩き落とせば、炎が弾けた。

「属性剣かよ」
「あはは、その装備の前じゃ思ったようにはいかない、ね!」

 焼けはしないが熱は感じる。増した火力が爆発し、僅かに煽られたグレンの背中に今度は氷の矢が幾つも飛んできた。振り返り全て砕いたと思えば足元から岩の槍。飛び退れば前衛に斬りかかられ、と絶えずグレンは纏わりつかれる。
 鬱陶しさに即行で数人沈めようと思ったのを察していたのだろう、グレンの周囲をトリフォイルの炎が囲む。躊躇なく地面を蹴って飛ぶも降り注ぐ氷の刃と、視界を邪魔する吹き上げられた砂嵐。
 魔法使いには得意な属性というものがある。それ以外が使えないわけではないが全ての属性を操れる者は稀だし、その全てを使いこなせる者など更に希少。トリフォイルのパーティは前衛も魔法の心得があり、幅広い属性を備えているため手数の多さが特徴とも言えるだろう。
 だが、小細工の一切を斬り伏せて進むのがグレンだ。
 不自由な体勢、視界の中で襲う氷刃を全て叩き落とし、砂嵐をも剣風で吹き飛ばす。その顔に余裕はない。余裕を感じる必要がない。当たり前のことを当たり前にこなしただけで、一体どんな感情が揺れるというのだろう。
 足音もなく着地したグレンに通常ならば臆する者が殆どのところ、トリフォイルのパーティは誰も引くことをしなかった。例え通用しなくとも無駄のない攻撃。
 今までの対戦者の誰よりも強い。

「おおおおおおおおおおお!!!」

 振り下ろされたグレンの一撃を受け止め、逆に押し切ろうとするトリフォイル。迫り合う至近距離で炎が爆ぜ、グレンは顔を炙ろうとする炎を避けようと身を捩る。そこへ暴風に乗った氷の礫。さらに避けようと踏み出した足元、魔法陣が展開される。
 ただの攻撃魔法ならば発動までに遅延時間があるのだが、この魔方陣はそのものが拘束魔法だった。グレンの動きを的確に計算し、まさに動く直前に発動させることでグレンの足が無数の鎖で拘束される。魔法陣を叩き壊そうにも魔法の集中砲火に見舞われ、上半身しか動けない状態ではいずれ捌ききれず多少の怪我はするか、と半ば仕方ないと思ったとき、空気が揺れた。

「――ディスペル」

 一瞬で消失した魔法陣に驚くより早く、グレンは自身を襲う魔法と剣を全て捌いた。
 刹那の停滞。グレンのみならず、トリフォイルたちも同じ方向を見る。
 風に黒髪を揺らし、腕を組んで見つめ返すのは肩に少女人形を乗せたヴィオレ。

「いま、なにをしたんだい?」

 トリフォイルが警戒を露わに問いかけ、グレンは眉を寄せる。
 初対面で名乗られたとき以外聞いたことのないヴィオレの声、魔力に直接作用するという声が打ち消し魔法の一節を紡いだのをグレンは聞いたが、トリフォイルたちには聞こえなかったのだろうか。
 いや、聞こえないようにしたのだ。ヴィオレの愉快そうな顔にグレンは確信する。

「ご主人は魔法陣を打ち消しただけよ」
「……あの一瞬で? あの距離から干渉したっていうのかい」
「すごいでしょー」

 胸を張るマシェリに苦笑いするしかないトリフォイルの気持ちがグレンにはよく分かる。
 もはや馬鹿馬鹿しいとすら言える所業には感動より疲労を覚えるものだ。自身が散々魔法に物理対応している間、ヴィオレがまったく同じ気持ちだったとは察そうともせず、グレンは軽く肩を上下させる。

「物理干渉の拒絶をいれるのは結構だけど、ご主人がいるなら目眩ましも追加しておくべきだったわね?」
「解析も完璧ってわけだ。敵わないな」

 暗にグレンによる魔法陣破壊の対策をしていたという会話を聞いても、グレンに動揺はない。あの制限化であっても厳しさ以外に感じるものはない。無理とも負けるとも思わない。傲慢も過信もなく、ただ己と相手の力量を把握した上での事実として。だが、面倒には変わりはないし、好んで縛りプレイをしたいわけではないのでヴィオレに対して不満はない。感謝もする。その機微を理解しているからこそ、ヴィオレも態々親切心を出したのだろう。

「まさか援護という形で参加するとは思わなかったよ。誤算だった」
「これ以上は必要ないわ。今回はこれきりよ。そうでしょう、グレン?」
「かもな」
「参ったな、同じ手にかかってくれるきみじゃないし……みんな、総力戦だ。振り絞ろう」

 振り返るリーダーにパーティメンバーは結末を理解しながらも頼もしく、明るく、了解と声を上げた。
 恐らく、あの拘束魔法陣からの魔法物量戦がトリフォイルたちの考えたグレンへの最大の攻撃だった。
 どんな小細工も小手先の技も全て踏みつけるだろうグレンだからこそ、最後に選べる手段は力押ししかないとトリフォイルは理解していた。一瞬抑えた隙に潰せなければ先はない。そして、いま。トリフォイルたちの先は潰れた。
 そこで諦めるならばトリフォイルたちはSランクになっていなかっただろう。
 どんな結末でも得られるものがある。
 常の死と隣合わせの日常とは違う、武闘大会という場だからこそ出せる全力がある。
 声を張り上げ先ほどの比ではない気迫を以って向かってくるトリフォイルたちにグレンはため息ひとつ、眉間に皺を寄せた。

「まるで悪役、それもラスボスのような扱いね」

 笑いを噛み殺し切れないマシェリの言葉を耳に、グレンはまったくだと内心で吐き捨てながら剣を薙ぐ。



 観客が人類の希望を託された勇者が如くトリフォイルたちを応援するアウェイと化した準決勝、グレンとヴィオレの決勝戦進出決定を告げる勝利宣言が響いた。

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あきゅろす。
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