小説
二十一話



 組んで武闘大会に出場するとは思えないほどそれぞれのびのび過ごしたヴィオレとグレンは、その日ようやく闘技場に揃って姿を現した。
 迷宮攻略に協力したこともあったが、ほんとうに好き勝手行動している姿を衆目に晒していたので、受付でチームであると告げた瞬間の周囲から向けられる視線ときたら。
 ひそひそと交わされる声にも一切耳を傾けず、ヴィオレは対戦表を眺める。
 満を持して開催された武闘大会、チームGVの初戦対戦相手は五人パーティの冒険者だ。人数とチーム名こそ記載されているが、当然ながら得物や構成などは個人で調べるしかない。ヴィオレもグレンも調べなかったが。
 そも、ヴィオレは武闘大会にまともな参加をしない。団体戦へ出場したいグレンのための数合わせである。対戦が始まれば隅っこでグレンの応援をするだけの簡単なお仕事だ。

「そういえば、優勝賞品も発表されたわね。特級迷宮品の剣だそうよ」
「らしいな」
「良いものだといいわね」
「……ほんとうにいらねえのか?」

 優勝賞金である金貨五百枚は半々で分け合うことに決まっていたが、グレンは当初、賞品を得られたらそれもヴィオレに、と言っていた。だが、ヴィオレはそれを断った。グレンがなんでもお願いごと叶えてくれる権で十分だし、優勝賞品が判明した今、それで正解だと思っている。優れた剣士を知っているのに何故得手というわけでもない自分が優れた剣を持たねばならないのか。

「優れた物は優れた者の手に渡ればよろしい、そう思わない?」

 グレンが軽く肩を上下させたところで、係の人間が呼びに来た。
 薄暗い通路の向こうは太陽の光り降り注ぐ闘技場中央。周囲をぐるりと観客席に囲まれた円形闘技場からは既に興奮した熱気が伝わってくる。
 初戦だからといって弱者しかいないわけではない。最終的に残るのがより強者であるというだけで、強者とて最初から参加しているのだ。それに当たるかどうか、折角協力したのだからグレンが楽しめればいいと思いつつ、ヴィオレは渦炎のグレンに並ぶ姿を大衆へと晒す。
 敢えて別に色を取り込むことをしなかった闘技場は造られたままほぼ砂色で、そこに赤毛褐色肌、淡い暖色の装備を纏ったグレンの姿はしっくりと似合うし、どうやら実用重視で華美を省いた対戦チームもそれは同じ。見えぬ裏地きらびやかで、表も繊細な刺繍などで飾られたものの黒を基調としたヴィオレの姿は、どこか白紙に落とされた染みのように不似合いだ。

「いよいよ始まります、武闘大会! 今大会初戦を飾るのはもはや生ける伝説、渦炎のグレン率いるチームGV!」

 凄まじい歓声が上がる。
 にやにやしながらグレンの横顔を窺えば、心底うんざりしたように眉を寄せていたが、ヴィオレの視線に気付いて舌打ちをした。ヴィオレは肩を揺らして視線を外す。

「対戦相手はAクラス冒険者パーティ、数に加わるチームワークの力は如何程か! チーム砂漠の狐!」

 武器を構えた相手チームはめらめらと闘志を燃やし、グレンを睨みつけている。ヴィオレはまるで無視だが、無名の冒険者と渦炎のグレンであればグレンに意識が向かうのは当然であるし、グレンに全て任せるつもりのヴィオレにとっては特に腹立つ要素もない疎外感だ。

「両者それでは準備はよろしいかっ? それではいざ、仕合開始!」

 司会が告げる開幕と同時に降り注ぐ炎の弾幕。相手チームには魔法使いがいるようだ。グレンはこれを軽々と回避し、ヴィオレは顔を袖で隠しながら後退する。幾つか当たったが炎がヴィオレにダメージを与えることはなかった。
 ヴィオレが適度な距離をとる間にグレンは相手チームへと肉薄しており、散開を許さず三人の前衛と一度に相対。一撃で戦闘不能にさせる。味方を信じているからか、なりふり構えないのか、味方がそばにいる状況で氷の礫が弾丸のようにグレンを襲ったが、グレンの装備とて特級品、まともにダメージを通すには相手方魔法使いでは練度が足りない。
 開始一分も持たない時間で立っているのはグレンと後方で見物していたヴィオレだけになった。

「……っ早! 勝者GV、圧倒的実力で初戦進撃です!!」

 早過ぎる展開にぽかんとした雰囲気漂う闘技場、いち早く状況を理解した司会が勝利宣言を行えば、熱気が爆発して声が方々響き渡った。
 目的達成すれば余韻に興味はないのだろう、さっさと戻ってくるグレンに片手を上げれば、グレンもまたヴィオレに片手を上げた。

「お疲れ様っていう言葉がこれほど相応しくないのも面白いわね。ねえ、楽しかったのかしら」
「察せ」

 仏頂面のグレンにヴィオレはまたしても肩を揺らし、観客たちの熱狂を置き去りに元来た道を戻りだす。
 今大会、果たしてグレンが楽しめる相手は現れるのか。出だしから不安しかない。対戦組み合わせの都合上、個人戦か団体戦の片方しか出られない決まりがあるものの、もし叶うのであればどちらにも出て手当たり次第にすればまだ可能性はあるかもしれない。
 似たようなことを考えたのか、グレンがぼそりと呟いた。

「いっそ、個人戦でお前と当たればどうなったかな」
「あっらー? ご主人だって弱くないわよー?」
「だからこそだろ」

 つり目際立つ凶悪な笑みを向けられ、ヴィオレは首を左右に振る。
 魔術師は文系体質の理系、研究者基質の芸術家。戦闘狂にはついていけない。
 もっとも、それは精神面での話なのだけれど。

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あきゅろす。
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