小説
十八話



 滞在していた街から馬車で二日ほどかけ、国内外からひとの集まる王都に到着した。
 グレンが最後に王都へやってきてから間があるものの、目に見えて変わっったものは見当たらない。そも、それらを細かく見つけるにはひとが多すぎた。
 多国籍の人間もいれば、亜人と呼ばれる存在もいる。人種の坩堝だ。
 久方ぶりに訪れたとはいえ、目的地への道は忘れていない。迷いなく歩くグレンの隣をヴィオレが興味深そうな顔で並んだ。視線を時折飛ばしてはいるが、きょろきょろと見回したりはしていない。ただ、肩に乗ったマシェリはヴィオレの頭に手を置いて遠くまで見ていた。連れが少女人形を肩に乗せていることでちらちらと視線を送られようがグレンは気にしないが、縫うように歩かなくてはならない人混みの中、さり気なくヴィオレを見た。

「なに?」

 すぐさま気付いたヴィオレが僅かに上にあるグレンの目と視線を合わせ、ヴィオレの頭に置いた腕へ顎を乗せたマシェリが首を傾げる。

「着替えて正解だったなと思っただけだ」

 グレンが落とした視線の先、ヴィオレの足元にきらびやかな色はない。もはや特徴と化していた裾引きコートを人混みに入る前にヴィオレは脱いでいた。代わりに大振りの広袖こそ変わらないが、足首丈のフレアコートを着ている。素材も大まかな部分にも変わりはないのだが、どうにもグレンには違和感があった。こういった場所での利便性は認めるのだが、しっくりこなくて微妙に眉を寄せるとヴィオレが声を出さずに喉を鳴らす。

「しっくりきてないのはご主人もよ。所詮、これはサブでしかないの」

 装備として性能に劣るのだと目で語るヴィオレに、グレンは二度ほど頷く。当たり前に特級品を我がものとしていた姿を見ていたのだから、今更一級品程度を纏われても「どうした?」と疑問になるのは仕方ない。仕方ないで片付けるのはグレンくらいなものなのだが。ヴィオレが今着ているフレアコートは決して一々見劣りされるようなものではない。

「あっちは調子に乗った専門家による馬鹿の塊だけど、あなたのも大概よね」

 ヴィオレの指先がグレンの上着をつまむ。やわらかく伸びもいい、かといって形が崩れるわけでもない。丈が長くないのはどこまでも動きやすさを重視した結果だ。

「属性魔法をほぼ無効化に非劣化、物理ダメージもまともに通らないでしょ。追い剥ぎが涎垂らしそうだわ」

 着て歩いているだけで狙われそうなのはヴィオレだけでなくグレンも同じ。過去、装備一つで妬まれたことが何度あったことか。その一つひとつをグレンは覚えていないが、妬まれ絡まれたという事実だけは記憶にある。だから、というわけではないが、グレンは普段出歩くときに毎回装備を整えて身につけているわけではない。今日は外からそのままやってきて未だ宿もとっていないので着替えていないが。
 装備はそのまま冒険者の実力の目安。グレンとヴィオレが並び立つ姿は通りがかりの冒険者が二度見するほど目立っていたが、グレンはまったく気にせずヴィオレを連れてギルドへ向かう。
 滞在していた街に比べると大きなギルドは時間の割りに賑わっている。しかし、ひとが集まっているのは依頼関係の窓口ではなく、ギルドが設けた武闘大会への申し込み窓口だ。
 十人まではいかないが近い人数並ぶ列に続けば、ギルド内がざわめく。

「え、あれ渦炎か?」
「おいおい、大会に参加するのかよ」
「はい、勝ち目なくなったー、参加費溝に捨てたー」

 囁かれる言葉、列からは数人がいなくなる。
 順番が早く巡ってきたのはいいことだが、グレンは凶悪な顔で舌を打つ。雑魚の足掻きは面倒臭いが、向上心もなく土俵に上がった瞬間裸足で逃げられるのはそれ以前の問題だ。
 職員が仰け反るような顔のまま申込書にペンを走らせたグレンは、ふとある項目で顔を上げて申し込みをグレンに任せて掲示板の前に立っていたヴィオレへと声をかける。振り向いたヴィオレに顎でしゃくれば大人しく窓口へやってきた。

「なあに?」
「団体戦だとチーム名がいるんだとよ」

「はっ?」とあちこちで声がした。

「チーム名? まあ、そりゃ六人参加になれば一々全員の名前呼ぶのも面倒でしょうけど……」
「なんかねえの」
「あなたは?」
「あると思うのか」

 もたもたしていれば悪態のひとつも飛んできておかしくないのがギルドだが、職員はもちろん他の冒険者からもそんな言葉は出てこない。渦炎のグレンに喧嘩を売る気もなければ、それ以上にどうやらグレンが団体戦に出るということへの驚愕で忙しいのだ。半端ない戸惑いの視線を一切合切無視しながらグレンはマシェリを介してヴィオレとああでもないこうでもないと話し合う。

「剣と魔法のドリームチーム……」
「赤いの黒いの……」
「GV……」
「それだ」

 もはやチーム名と呼ぶのも烏滸がましいグレンとヴィオレの頭文字一つずつを繋げたものをチーム名の欄に記し、グレンは物言いたげな職員に提出する。ぎこちなく求められた参加費をヴィオレが半分出そうとしたが、元々グレンが誘ったのだ。手で制して全てグレンが支払った。
 申し込み締め切りは三日後、対戦の組み合わせが決まるのはその二日後で、ギルドにそれぞれの対戦日程が貼りだされるので参加者は当日会場へ、ということのようだ。
 最低でも五日間が最終準備期間となるのだが、グレンはもちろんヴィオレにも今更特別な準備などない。
 依頼書の貼られた掲示板の前に移動したふたりを、他の冒険者達は唖然としながら見つめていた。

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