小説
十六話



 気付いた時、グレンとヴィオレはギルドで顔を合わせると互いに単独では面倒な依頼を共にこなすようになっていた。
 宿で食事の時間が被れば駆け引きもない無償の情報交換やそれぞれの分野の視点から助言を行うなど、渦炎のグレンを知る者からすれば過ぎるほどに親密で、しかし他者の視線など気にも留めないグレンが「そう」見えるということを自覚したのはギルドに貼られたポスターを見ているときだった。

「武闘大会、参加するの」

 気配に気付いていたので肩口から顔を出されても驚きはしないが、幾分眉を寄せてグレンはそちらを向く。何度か言葉を交わしたことのあるSランクパーティの年若いリーダーが笑っていた。
 王都で開催される武闘大会、毎年多くの参加者が集まり、貴族や中には王族すら観戦に訪れるそれにグレンは参加したことがある。グレンが求める相手はなにも魔物である必要はない。強者であれば人間だろうが亜人だろうがなんでもよく、多少の期待を込めて参加したのだが結果は優勝に終わった。決勝戦で少しは楽しめた、という印象だ。

「めぼしい奴でも参加すんのか」
「きみ以上に? それはないな」

 おかしそうに笑う青年は前髪を留める四つ葉を象ったピンを留め直し、思い出したように視線を上げる。

「でも、ひとつ」
「あ?」
「語尾上げないでよ、怖いなあ」
「早く言え」

 せっかちだねえ、と肩を上下させる青年に対し、居合わせた冒険者たちはひやひやした視線を送る。如何に青年がSランクパーティのリーダーであろうと、相手は渦炎。個人でSランクに上り詰めた畏怖の対象だ。

「きみは個人戦しか出ていないけど、武闘大会には団体戦もあるんだよ。二人から六人まで。きみみたいにソロでやっていた冒険者は少ないからね、高ランクと当たりたいなら団体戦に出ればいいんじゃない?」

 今度こそグレンの眉間がぎっちりと寄る。本人はただ一瞥送っただけだろうが、傍からはガンつけたようにしか見えない物騒なご面相である。青年は何故そんな顔をされるのかと言わんばかりに眉をひょい、と上げた。

「ソロである以上、団体戦に出れるわけねえだろうが」
「え」

 何言ってるの、という顔をされたグレンは何言ってんだ、という顔をし返す。

「きみ、パーティ組んだんじゃなかったの?」
「ああ?」
「だから、語尾上げるのよしなよ。渦炎のグレンがとうとうって噂聞いたし、実際に見慣れない魔法使いかな? 連れて歩いてたの何度か見たんだけど」

 ヴィオレのことだとは詳細を聞かずとも分かった。
 違うの? と首を傾げる青年の前でグレンはため息を吐く。
 職員に確認されたことと言い、思っていた以上に信憑性のある噂として出回っているようだ。渦炎という呼び名も周囲からの反応もどうでもいいが、勝手に売られていく名はグレンを置き去りに話題を振りまいていく。

「その様子じゃ組んだってわけじゃないんだ。なあんだ」

 何故か弾んだ声を出す青年に怪訝な顔をすれば、彼はあっけらかんと言い放つ。

「何度も言っているじゃない、ぼくはきみにパーティへ入ってほしいんだよ」
「……何度も言われた記憶が残るほどお前にゃ興味ねえよ」
「そういう奴だよね。ぼくが女だったら後ろから刺してるよ」
「やってみろ」
「冗談、斬りかかった瞬間に首が飛ぶ」

 自称何度もグレンを勧誘したという青年はしかし、まるで熱意など感じさせない様子で顔の横に広げた両手をひらひらと振る。
 そろそろ相手をするのも飽きたとグレンはポスターの前を離れたが、その背中に青年の声がかかる。

「パーティは組んでなくても頭数揃えればいいんだから、参加したければ誘ってみれば? きみが誰かと一緒に行動するなんておかしな話だけど、自分からそれができる相手なんでしょ」

 グレンは投げやりに後ろ手を振ってギルドを出た。
 ひとの集まる屋内とはまた違った街の雑踏を歩きながら、なんだかひどく面倒くさい気持ちになって足を宿へ向ける。どうせ、今日は既に迷宮に行って帰ってきたところなのだ。時間があるからといってもう一箇所いかなければならないというわけではないし、そも、一日一迷宮など非常識にもほどがあるわけで。
 前髪をかき上げながら帰ってきたグレンに半月眼鏡が知的な宿の親父がひらり、と片手を振る。

「お前の連れは夕飯前には起きてくると言っていた。もうそろそろ部屋から出る頃だろう」

 なんと返すべきかグレンは悩む。あまり口数が多くない親父が親切を発揮するほどグレンはヴィオレと親密に見え、行動を共にするのが当たり前の存在として認識されているらしい。
 ここで態々「連れじゃない」と言ってもややこしいだけだと面倒臭がるのも悪いのだろうが、いっそ噂されたからなんだとも思う部分もあるのでグレンは「どうも」とだけ言って部屋へと向かった。
 自身に宛てがわれた部屋の途中、手前のドアが開いてグレンは立ち止まる。
 日によって光を宿しているか淀んでいるかに別れる濃い紫の目が、グレンを捉えて僅かに細くなる。

「あら、おはよう」
「おはようの時間じゃねえよ」
「起きたらおはようでいいじゃない」

 今日は肩に乗らずヴィオレの足元を歩くマシェリが「ご飯食べた?」と訊いてくるので「これからだ」と返す。ヴィオレに合わせたわけではない。部屋に荷物を置いたら食べる予定だったのは宿に帰ろうと思ったときから決めていた。

「じゃあ、お先に」

 ぴょこぴょこ跳ねるように歩くマシェリを連れてグレンが上がってきた階段を降りようとするヴィオレの腕を、グレンは咄嗟に掴んだ。特級装備である裾引き外套を着ていない腕はそれなりの筋肉を感じたが、グレンの手の中にあるとそのまま握り潰せそうなか弱さでもあった。だが、実行するのは簡単ではないだろう。同じだけの痛みを覚悟する必要があることを、グレンは理解していた。

「なあに?」

 視線でしか問わないヴィオレを補うように、マシェリが首を傾げながら問いかける。

「話がある。構わねえか?」
「ご飯時にできる話なら歓迎、あなたとの取引きなら大歓迎。歓迎しないのは初恋の思い出よ」

 グレンは思わず吹き出した。

「安心しろ、それなら歓迎できる話だ」

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