小説
十五話



 ヴィオレは魔術師である。軍人故に肉体労働はするが筋力に特化することは求められていない。
 要魔法使いと注意書きのされた依頼を請けてやってきた迷宮、依頼内容はある迷宮品の納品なのだが、その迷宮品を得るには魔法使いが欠かせないとのことだったのでヴィオレは依頼を請けたのだ。それなのに、目の前に広がる光景。
 大人げない大人が大人気なく楽しむために作ったアスレチックとでも言えばいいだろうか。
 身体能力を極限まで試されているとしか思えない迷宮の仕様に、睡眠をばっちり摂っていたはずのヴィオレの目が淀む。
 八艘飛びをしろと言われているような間隔の空いた飛び地や、三角飛びでしか登れないだろう通路に続くまっ平らの壁。向かいの通路へ渡るために乗れというのか転がり続ける丸太その他色々。魔物も当然徘徊している。
 ヴィオレはまず転移術式を使おうとした。高度なジャミングが入りまともに発動できなかった。空間術式を使おうとした。高度なジャミングが入りまともに使えなかった。
 ジャミングには慣れているし、今までは術式を組み換えたり解析して無効化させて対応してきたのだが、理論も理屈も通用しない迷宮にヴィオレは顔を引き攣らせるしかない。術式を組み換えた瞬間にジャミングもまた種類を変える。繰り返して逆に学習してやろうにも解析できないのだから手段を増やす一環にもなりはしない。
 色々と試した結果、攻撃術式と肉体強化が問題なく使えると分かった。ならば、雷属性による転移は、と思えばあくまで攻撃手段としてしか使えない。つまり、あくまで肉体を使って攻略しろということのようだ。
 魔術師とは大半が文系体質の理系であり、間違っても身体能力を誇示する生き物ではない。それはこの世界の魔法使いも同じはず。それなのにこの仕打ち、あんまりである。
 しかし、一度請けた以上、キャンセルなどすれば評価が落ちる。冗談ではない。請けておいて出来ませんでしたなどとヴィオレのプライドが許さない。
 本音を言えば今すぐ帰りたいところだが、ヴィオレは強化術式を肉体に刻もうと……するのをやめて振り返る。

「ねえ、グレン。取引きをしない?」

 丁度、迷宮へと入ってきたグレンが片眉を上げた。



 ヴィオレを背中に貼り付けたまま、グレンはまるで重力などないかのように壁を跳んでいく。襲いかかる魔物は全てヴィオレが対応するのでグレンはただ進むだけで良かった。

「強化魔法とか使えねえのか」
「使えるけど、あれ反動辛いのよ? 普通は一定時間を超えれば後々当分は動けなくなるわ。ご主人の身体能力を補えるくらいの強化をこの迷宮を攻略するまでっていうのは避けたいわね」
「普通に当て嵌まらねえ奴がなに言ってんだ」
「強化で酷使、摩耗、破壊された筋肉やら骨やらを瞬時に再生できるようにしているからご主人は動けるけど、体が壊れれば痛いのに変わりはないのよ。分かる? 壊れた端から治る無限地獄! 痛覚を消すわけにいかないのは、分かるでしょ?」
「なるほど」

 言いながらグレンは向かいの足場もない通路へと飛び込む。暫くは歩いていけるかと思いきや次々と罠が発動する。槍や矢なら障壁で全て防げるが、落とし穴や迫ってくる壁などはどうしようもないため、グレンがヴィオレを背負ったまま駆け抜けてくれた。

「あなたがいてくれて良かったわ。ご主人は個人でも戦うことができるけど、やっぱり魔術師には物理でいける前衛がいてくれるのといないのとじゃ大違いだもの」
「魔術師?」
「私達の世界ではこっちで云うところの魔法使いを魔術師って呼んでいるのよ。魔法使いもいるけどね」

 魔術師が目指す先に魔法使いがいる。ヴィオレの世界で魔法使いは国が認めて与える称号であり、尊称であった。

「へえ、それでお前はその魔法使いってわけだ」

 最初に交わした取引きで告げたヴィオレの正体を思い出しているのだろう、興味を乗せた声でグレンは呟く。

「そうよ、ご主人は魔法使いの代名詞とまで言われているんだから」
「そりゃすごい」
「褒めるときは感情込めなさいよ。まったく……まあ、あなたの身体能力も最早魔法よね」

 指先が引っ掛けられる程度の突起しかない壁をグレンは指先に込めた力で反動をつけ、体を浮かせることで登るどころか跳んでいる。ヴィオレが途中で強化術式をかけるか持ちかけたのを断るわけである。まるで必要ない。
 大した男だとヴィオレは心からグレンを称賛する。
 ヴィオレは基本的に他者へ一定以上の水準を求める。それはヴィオレが規格外だからこそ自分に合わせた結果そうなってしまうだけなのだが、一定に達せない人間からすれば選民意識が強いように見られるのは仕方がない。ヴィオレ自身、自他に求めるものが厳しい自覚があるので、水準を越えた者には自然と敬意を抱いた。価値を認める、を越えた敬い、尊ぶ心だ。

「おい、そろそろ最深層につくぞ」
「私達は手前にある誰も取れないっていう宝箱に用があるけど、あなたは魔法結界の張られた隠し部屋だったわね。ほんとうにそこへ通すだけでよかったの?」
「とっくに諦めて表ボスだけぶっ殺しに行くつもりだったからな、取引きとしちゃ十分だ」

 そうこう言っている間にヴィオレの目的である部屋へとついた。
 其処はとても広く、先程までいたアスレチックや仕掛け満載の部屋や通路とは大違いの閑散とした部屋である。広さは大体三十メートル四方、中央に宝箱を乗せた岩板、手前には成人男性の拳ほどの球体がそれぞれ浮いている。
 ヴィオレたちが立っているまっすぐ向かいには扉があるけれど、続く通路はなく、宝箱を大きく迂回するように動く移動岩板が浮いているのでそれに乗って行けということだろう。
 目的である宝箱を見てヴィオレは眉間に皺を寄せる。この部屋では転移術式に対するジャミングがないのだが、あんな小さな球体の上に転移してもまともに立っていられるかといえば別の話だ。ちらりと見下ろせば真っ暗で底の見えない闇が広がっている。落ちれば命はないだろう。瞬時に転移すればいいのだが、宝箱の中身を回収するまで何度繰り返すのか。
 そも、この世界では転移魔法陣は一般的であっても転移魔法を使える魔法使いは多くないはずだとヴィオレは記憶している。この迷宮は魔法使いという存在を試し過ぎだ。ギルドもギルドで、恐らくは人命を考慮しつつも転移魔法を使える魔法使いのために幅広く門戸を開いたのだろうが、明らかにCランクの依頼ではない。報酬が基本成功報酬金貨二十枚、宝箱の中身によってその代価と美味しいわけである。
 面倒くさいという顔を隠しもしないヴィオレにグレンが「おい」と声をかけた。
 顔を向けたヴィオレの前でグレンは背を向け、軽く屈む。

「他に方法ねえんだから、此処では転移できるんだろ。足場になってやる」

 グレンの身体能力であれば、例えヴィオレを背負っていようともあの小さすぎる足場に余裕で立てるだろう。
 しかし、それは些か頼りすぎではないかと一瞬考えたヴィオレに「まさか、他人連れて転移できねえとか言わねえだろ」とグレンが茶化す。できないわけがない。
 先ほど同様グレンに背負われ、ヴィオレは軽く球体を示した指を振る。
 ふっと一瞬で変わる景色、グレンの片足が間違いなく球体の上に乗った。

「誤差もなけりゃ反動もまったくねえな。転移にゃ体に負荷がかかるのも珍しくねえらしいが」
「ふふん、だってご主人だもの!」

 器用に屈んだグレンの背中から腕を伸ばし、ヴィオレは宝箱を開ける。中に入っていたのはいつかヴィオレが売り払ったのとほぼ同じ大きさの魔石。しかも水と風の二重属性である。
 売れば相当の額になるのが確定だが、支払いはきちんとされるのだろうか。一瞬考えたヴィオレは「もういいのか」というグレンの声に再び指先を振る。先ほどまでいた場所には戻らず、丁度向かいの扉の前へ止まっていた岩板に転移した。岩板が動く前にグレンが進み、通路にヴィオレを下ろす。

「ほんとうにありがとう。あなたがいてくれると楽ね、とっても助かるわ」

 マシェリを通したヴィオレの本心、グレンはそれとまったく同じものを隠し部屋へと辿り着いたときに口にした。
 ヴィオレとグレン、自身を補うのに互いは最適にして最良の存在だった。

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