小説
十三話



 恐らくでもなく自分の思考は真面目に冒険者をやっている皆様方からすれば舐め腐っているのだろう。ヴィオレは自覚しながらも正しく物の序でに裏ボスを見に来ていた。依頼の最中に襲ってきた魔物に梃子摺ったことはないが、それがボスや通常のボスよりも格上らしい裏ボスにまで通用するかは分からない。倒せるならば素材売っぱらうために倒せば良し、敵わなければ撤退すればいい。今のヴィオレには撤退してはならない理由がない。ただ、どういうわけか迷宮内での転移には制限があるのがいただけなかった。迷宮の外へ直接出ることはできず、また階層移動もできない。不便極まりないが、やはりその仕組は不明。ヴィオレが神経質な魔術師であれば癇癪起こして叫んでいる。
 依頼自体は早々に宝箱を見つけたので、ヴィオレは悠々と裏ボスに続くという部屋へ向かった。そこでグレンと顔を合わせたのは意外だが、またしても取引を交わしたのは愉快な出来事である。
 仕掛けを解いてほしいということだったが、どうやらグレンは魔力行使が得意ではないらしい。いや、ひょっとしたらまるで駄目という可能性もある。グレンから感じる魔力は内側へ内側へと閉じている印象があった。そしてその閉じた魔力は――
 ヴィオレは別に裏ボスに挑戦したいという気持ちはないので素材やアイテムを丸々くれるというグレンの条件に快諾し、魔法陣の中央へと向かう。めちゃくちゃに敷かれている魔法陣だが、其処此処のスペルやワードを拾えば転移魔法陣になることが分かる。もっとも、術者の痕跡は一切なく、記録も解析できない上に干渉に制限があるが。
 崩れた魔法陣を組み換え、魔力を通して起動できる状態にする。
 迷宮に限らずギルド証もそうだが、これらは個人と集団を明確に識別している。パーティでもなんでもないヴィオレとグレンでは魔法陣を発動させてもヴィオレしか移動できない可能性があるため、ヴィオレはグレンに手を差し出した。察したグレンが躊躇なく手を預けたところで魔法陣を発動させ、一瞬の転移。目の前にはなるほど、ボスに相応しい風格の魔物が聳えている。
 オリハルコンゴーレム、輝く金属製の巨体は表面が揺らめいて見えた。
 目にしたのは初めてだが、魔物図鑑に載っていたのをヴィオレは覚えている。とにかく耐久性に優れ、物理攻撃は殆ど通らず魔法であっても目覚ましい効果は望めないらしい。また、その巨体から繰り出される攻撃の威力も洒落にならず、俊敏ではないものの一撃いち撃を確実に回避しつつ地道に削っていくしかないというのが定石だという。
 グレンはそんなオリハルコンゴーレムを前にひどく楽しそうな顔をしている。溜めた小遣いで玩具を買いに行く途中のクソガキに似ているかもしれない。待ちに待ったお楽しみの邪魔をする気はなく、ヴィオレは隅っこへ移動した。
 音もなく駆けるグレンがまずは一撃、オリハルコンゴーレムに叩きこむ。凄まじく耳に厭な音がして、オリハルコンゴーレムに傷がついた。
 脳裏に容易には物理攻撃が通らないと記載されていた魔物図鑑の一文が過る。
 ヴィオレの疑問を置き去りに、断続的に続く音。オリハルコンゴーレムの振り上げた拳がグレンに当たることなく床に叩きこまれ、破砕音とともに粉塵を巻き上げる。悪くなった視界などものともせず、グレンはさらに舞う。とうとうオリハルコンゴーレムの片腕が関節から破壊される。
 地味な消耗戦などどこにもない。
 巧みな技術と優れた身体能力で強きを圧倒する人間。ヴィオレの同僚にも似たようなのがいた。
 ヴィオレは苦笑いする。異世界にもこういう人間はいるのか、と些か呆れたのだ。
 考えながらもヴィオレはグレンの動きを追っている。それは眼前にオリハルコンゴーレムの残った腕が飛んできても変わらない。煙る視界は指先一つで起こした風で払う。
 大きく飛び上がったグレン。くるり、と回るように遠心力をも込めた一撃がオリハルコンゴーレムの首に食い込み刹那の静止、グレンの刃が押し切る。オリハルコンゴーレムの首が落ち、胴体も凄まじい音をたてて床へと倒れた。その前に跳んで後退したグレンの髪が孤を描き、なるほどこれは炎の渦に似ている。

「倒した?」
「ああ」

 達成感もなにもないふてぶてしい顔をするグレンにマシェリがくすくす笑う。倒してしまったなら素材を採りにいってもいいのだろうと判断して、ヴィオレは輝く黄金へと近づいた。
 オリハルコン。凄まじい強度を誇るこれをどう剥がすべきか。此処でも迷宮による制限はきいていて、ヴィオレの空間術式であってもオリハルコンゴーレム本体をそのまま持ち帰ることはできない。砕いて小さくするしかないのだ。

「解体手伝うか?」
「やろうと思えば簡単なんだけど、加減が難しいから悩んでいるの。まあ、大丈夫でしょ。ご主人がんば!」

 ヴィオレがすい、と指を振るとオリハルコンゴーレムの頭を中心にシャボン玉を思わせる円蓋が出来上がる。
 まるで号令を出すかのように手を下ろせば円蓋の内側が派手に爆発した。数秒してから円蓋は消え、近づいてみればコインほどの礫になったオリハルコンがある。円蓋がなければこんな細かいものが四方八方に爆散していたというわけだ。基本的に魔力を通しにくいために識別指定して一気に回収することでもない。想像しただけで帰りたくなる。
 爪先を鳴らしてオリハルコンの小山を空間術式で収納したヴィオレは、そのまま本体ともいえるオリハルコンゴーレムの胴体にも同じことをする。普通の冒険者は地道に砕いたり剥がしたりしてポケットの中にいれても一気に取り出せるよう袋に詰めるので、このようにほぼ丸々持って帰れはしないだろう。全て売れば暫くは余裕で遊んで暮らせるし、装備や研究に使っても潤沢過ぎるほどだ。流石にぶっ壊された腕くらいは分けるか、とグレンを振り返ったヴィオレは僅かに眉を寄せる。

「……なによ、なんなのよ、その呆れ返った真顔は」
「お前、ほんとうに俺以外の前では自重しろよ」

 一々が馬鹿みてえな規模でやらかしやがって、とため息を吐いたグレンにマシェリが鼻を鳴らした。
 予定変更。腕は砕かずに押し付ける。

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