小説
いつつめ
忙しさを上手く舵取りして、鬼気迫る顔の上司に無理やり取らされた休暇を自宅業務で潰すより友人と集まって過ごすことを選ぶ程度には白妙の社会性も死んでいないらしい。
忘れられないくらいバカな青春時代を掘り返して、共犯者の顔で笑いあうまったく変わらない幼馴染三人。偏屈なの、行動に思考が追いつかないの、仕事中毒気味なの。でこぼこよりもぐちゃまぜで、もんじゃやきよりは中身がわかる。
わーははは、とわらいながら昔をふりかえる。あんなことあった、こんなことあった。じゃあいまは?
「おもしろい店をみつけたな」
「おまえもか」
「おれもだ」
三人顔を合わせて、いつかいってみよう、とわらいあう。
どんな店なの、と松月が問えば、変な店、と白妙が答えて、どんな店員がいるのだ、と吉野が問えば変な店員、と松月が答えた。どこにあるの、と白妙が問えば、つまんない灰色の塀に紛れてる、と吉野が答える。
ん、と顔を見合わせて、もうぴこぴこひっかかる何かをアンテナはしっかり捉えているのに言葉遊びにもならない連想ゲームが楽しくて、三人は知らないふりで質問、返答。
「パッチワークがあった」
「パッチワークとドライフラワーがあった」
「パッチワークとドライフラワーとオルゴールがあった」
にやっとわらって時計を確認。
さむい風に、一日で一番テンションの高いお日様が頼もしい。
三人が蝶番のひらき戸の前にたどり着くと、たからじまは「準備中」の木のプレートが中からひょい、と腕だけのぞかせた青年によってかけられるところだった。
あ、と思わずでた三人の声に、かちゃかちゃと横着をするものだからプレートを下げそこなっていた手がとまる。
のぞいた顔がくるり、と周囲をうかがって、三人を捉えると連絡なしに遊びに来た孫を見た祖父のような笑顔が浮かべられた。
「セーフだ――いらっしゃい」
おおげさなほどほっとして、申し訳なく思いながらも三人が中に入れば大急ぎの間に合わせのようにしゃららん、のららん、が響いた。
店の中はやっぱり誰もいない。青年がプレートをかけようとしていたのだから当然のようにだれもいないのだ。三人とも自分以外のお客さんなんてみたことがないので、それぞれの顔をちらり、と窺って笑う。わらう。
飴色のテーブルを囲んで、青年が置いていったほうじ茶を飲む。じいん、じいん、と手がしびれて、おかしいなあ、とやっぱりわらいあう。だって話しながら歩いていたときは寒さなんてまったく感じなかったのだ!
わはは、と大げさに笑いはしないけれど、機嫌がいいですよ、いまなら大抵のことはゆるしちゃいますよ、という空気をふりまく顔で周りを見渡すと、前回きた時にはなかったものが幾つかちらり。
「どんぐりだ」
ふと松月がぽつり、とこぼした言葉に白妙が彼の視線をおえば、すぐ目の先の飴色のテーブルの上に、硝子の丸い器にどんぐりがつまっていた。
きらきら硝子につやつやどんぐりはどうしてだかおいしそうで、どうしてだろう、と疑問を解くより先に青年へ払ったお代を思い出し、白妙は意味もなく気恥ずかしくなりって片手で口元を隠した。それは吉野も松月も時間差で同じように。
ぱさり、と置かれたきらら紙の品書きはみっつ。濃紺とけぶったい蒼と一冊だけ目立つ橙。青年はさっとお辞儀をしてカウンターへ。
閉めるところだったのだから、とあれこれ注文をするのはやめて、三人は飲み物だけにする。
どれにしよう、と白妙が目で追えば、料金が書いてあるのに気づいた。
おや、と目を見張れば二人も気づいたようで首をかしげている。
「忙しいからじゃないか?」
「なるほど、時間がないのか」
吉野の推測に松月が頷いて、白妙も納得する。
そうだ、閉めようとしていたから飲み物にする、と決めたばかりだ。三人分の思い出話は長くなると予想するだろう。しかし、なんとも気まぐれな設定だ。
ちなみに料金は安かった。
「注文は以上でよろしいので?」
二人に窺がうように視線を向けた吉野がこくり、と肯けば青年はひとつお辞儀をして去っていく。
ひとりだったなら静かにまどろむような時間を過ごすのだろうが、三人ともなればそれなりに話が多くなる。ここのところは本当に忙しかったから、楽しかった話をするとなると時間を随分と遡らなくてはならずそんなこともあったなあ! といちいち懐かしくてわらってしまう。たとえ美化された思い出でも楽しければいまはいい。
「そういえば宝の地図おぼえてるか?」
松月が思い出したように口にしたのは、本当に昔のことだった。どれだけ昔かというと松月がサイクリストとして世界一周しようと言い出したのを吉野がぶん殴って制止するより前のこと。十年より更に前だ。
「そういえばあったな」
――たからのちずつくろう!
――おまえはどうしていつもとうとつなんだ。
――いいじゃないか。で、たからはどうするんだ?
悩む子供が三人の脳裏を駆けた。
「あれ」
「なにを埋めたんだったか……」
「もう年か……」
掘り返してしまった記憶は途中で硬い石にあたってそれ以上を掘らせてくれない。
いやなことをいうな、と松月と吉野が苦笑いを白妙に向けるのと、青年が珈琲がみっつ乗ったおぼんからすこしだけ危なっかしい仕草で飴色のテーブルにカップを置くのはすぐの差だった。
「……地図を探せばいいんじゃないかねえ」
ぺこり、お辞儀をして、カウンターへ戻ろうとする足がくるり、と踊る前に青年は悪戯をほのめかす子供の様な顔と声音でぽつり、と呟いて。今度こそさっさかとカウンターへとひっこんだ。
思わずぼうっとしてしまった三人は、ふわり、と立ち上った珈琲の香ばしい香りに我にかえる。
「ああ、そうだ」
「探すのが的確だ」
「地図があれば実物がわかるしなあ」
鶯が枝にとまる絵の施された珈琲カップに口をつけた三人は、地図はどこにやっただろう、という新しい記憶の採掘場へとツルハシを持っていった。
考え事をしていれば時間はそれほどかからずに珈琲を飲み干して、三人は席を立つ。青年はすぐにそれに気づいてカウンターからひょい、と出てきた。
「お会計は………………忘れてた。少々お待ちくださいなっと」
いつもの癖なのだろう、椅子の背もたれに手をかけてから、数秒のあいだ青年はぴたり、ととまった。
今日の支払いは現金なのだ。
いったんカウンターへと戻った青年は、電卓片手に戻ってきて、ひとつ会釈した。
「四百五十円になります」
珈琲三杯ワンコイン、お釣り付き。
あとでそれぞれから貰うとして、白妙が五百円玉を差し出し青年が受け取る。あらかじめ入っていただろう、エプロンのポケットから五十円玉を取り出して白妙に渡そうとした際、エプロンの胸元につけていたクリップ式の名札が落ちた。
あ、と小さく青年が呟くより早く、白妙が床に落ちきる前のそれを拾う。
「すみません。ありがとうございます」
名札と五十円玉を交換してから、青年は照れくさそうに頭を下げる。
「変わった字だな」
エプロンに付け直された名札を見て、吉野が考えるような顔でいう。
「ええ、いとくくり、と読みます」
「いい名前だな」
「ありがとうございます」
青年、糸括はいっそうふわふわ微笑んだ。それがとても綺麗で思わず白妙はぱちくりと瞬きをするのだけれど、すぐにはっと我に返る。
ひとに訊ねれば見惚れた、と色っぽい答えをするひとが多いのだろうけど、白妙のそれは幼い少年が近所のお姉さんに抱く憧れに近いものだったので。
「閉めるところだったのに、滑り込んで申し訳なかった」
「いいや、お気になさらず。手芸屋さんに行こうとしていただけだからね。
――ありがとうございました」
わらった糸括に見送られ、三人はたからじまを出た。
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