小説
二十四刀



 精神的によろしくない相手ではあるが、その業前は異常。潔志と斬り合うことは源柳斎の業前も加速的に飛躍することに繋がった。
 刀は本来、時代劇でやっている殺陣のように幾度も刃を合わせるものではないし、殊、月柳流はそれが顕著なのだが、潔志相手では回避だけではとても間に合わない。その内、源柳斎は刃を合わせて尚、柳が如く流すことができるようになった。
 確かに邂逅した鋼、しかし、歓喜の声も悲鳴もなく、挨拶のような火花散らすこともなく、静かに鋒が逸らされることに潔志は嬉しそうだ。

「最初より今、今より次、俺はどんどんお前が斬りたくなる」

 いつだったか帰り際にそんなことを言って頬を染めるものだから、蝶丸が塩を投げまくった。神職の顔で苦笑いしていたのが心底腹立たしい。
 潔志はとても図太く、蝶丸から手厚い歓迎を受けても落ち込んだりしない。唯一落ち込むとすれば月柳流にいらんちょっかいを出して出入り禁止を言い渡されるときだけだ。これが一生続くものであれば開き直って人質でも取りそうな潔志なので、数ヶ月と期間を限定する。忙しいなか暇を縫ってやってきている潔志としてはとても辛いので、出入り禁止を匂わされると大人しくなる。なので、今のところは出入り禁止がほんとうに下されたことはない。ない、のだが。
 ててててて、と聞くだけで微笑ましくなるような足音が、司馬家の母屋から響いてくる。
 数週間空けてから訪った潔志が足を止めると、そのまま足音や気配が近づいてきた。

「……こどもだ」

 見慣れぬ潔志にきょとん、と目を瞬かせるのはようやく三歳になったかという幼いこども。動きやすそうな甚平はしかし、見るからに化繊ではない。

「初めまして」
「あい、はじめまして」

 ぺこり、と頭を下げる姿はしっかりと躾がされているのがよく窺えて、こういう子なら祈祷中に走り回ったりとか絶対にしないのだろうな、と潔志は遠い目をする。赤子の泣き声はいいのだ。むしろ、敢えて泣かせることもあるくらいに縁起が良く、魔除けとしての意味がある。

「司馬さんのお家の子かな?」
「あい、しばあきさめともうします」

 相変わらず古風な名前が多いな、と思ったところで母屋から見知った気配がした。

「白雨様、どちらにおいでか」
「あ、あ、おじちゃ、おじちゃ!」

 こどもらしい無邪気さで笑みをいっぱいに、白雨は母屋から姿を見せた源柳斎に向かって駆けていく。その小さな体が足にぶつかる前にひょい、と抱き上げた源柳斎はぽかん、としながら自身を見る潔志に「なんだ」と言わんばかりの視線を向けた。

「おじちゃ、おやまいきます」
「白雨様御一人ではまだ早うございます。それに、お母上が探しておられました」
「まなにおはなあげるの。おみまいです」
「……それならば庭に小手鞠が咲いておりますので、そちらをお持ちください。山へは決して御一人で入らぬように。野生の獣が多く、危のうございます」
「あぶない? これあります」

 ちゃっと白雨が取り出したのは肥後守。源柳斎はやんわりとしまうように促し、白雨に山は早いと繰り返す。聞き分けのいいこどもなのだろう、白雨はこっくりと頷くと源柳斎の腕から下りて庭のほうへ回った。既に待機していた家人がそっと付き添う。
 源柳斎は山には獣が多いと言っていたが、潔志は見たことがない。当然である。潔志が山にいるときはおぞましい鬼気を爆発させているので獣は尽く逃げ去っているのだから。
 白雨を見送り、振り返った源柳斎に潔志はさくさくと近づいた。

「あの子、宗家さんの子?」
「左様。ご嫡男の白雨様だ」

 へえ、と頷いた潔志の唇が無意識に弧を描くのを見て、源柳斎は潔志の頭をがっちりと掴んだ。

「興味を持つな」
「痛い痛い、なんにも言ってないじゃないか」
「目が言っている」
「だって、あの子きっと将来有ぼ……痛い痛い」

 幼気な幼子まで斬りたいと抜かすつもりかと源柳斎の手に力が篭もる。

「本命はお前だから、誰に浮気してもお前のところに帰ってくるから」
「却下だ。私とお前の間には浮気という言葉が成立するような関係が築かれていない」

 中高と男同士でわーおな学園に身をおいたがフラグを尽く通りすぎてきた源柳斎と、斬ることしか目にない興奮しない斬撃狂い潔志のズレた会話にツッコミをいれるものはいないまま、ふたりはいつものように山で斬り合った。獣はおろか鳥の鳴き声も聞こえない、潔志の知るいつもの山だった。

「そういえば『まな』ってだれ?」

 互いの喉元に鋒を突きつけて今日は終いとなり、山を下りて蝶丸に絶対零度の眼差しで見られるも毛ほども気にせず、こごめの和物としらすご飯の相伴に預かる潔志はふと源柳斎と白雨の言葉を思い出して訊ねる。

「…………眞鶴様、白雨様の妹君だ」
「へえ、妹か。俺にも妹がいるけど、しっかり者で助かるよ。ちょっと気が強いけど。女の子にも剣術教えるの?」
「男女の区別はない。宗家もそのおつもりだろう」
「そっかあ、楽しみだなあ」
「なぜ、お前が、楽しみに、なるのだ?」
「あ、あはは、なんでもない、なんでもないよー……」
「白雨様と眞鶴様の成長に影響を与えてみろ、問答無用で出入りを一切禁じる。法的手段を以ってだ」

 当事者間の約束ならばまだしも、法的措置をとられれば流石に潔志の分が悪い。聞くところによると警察と懇意であるようだし、源柳斎が口先だけというのもありえないだろう。

「俺はただ斬りたいだけなのにな……」
「その被害者面をやめてください、不愉快です」

 蝶丸の凍えきった声音に潔志はとうとうしょんぼりと肩を落とした。
 潔志が見境のない斬撃狂いである限り、その一挙一動は常に出入り禁止と隣合わせである。

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あきゅろす。
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