小説
十一刀



 ダンボールの構造の都合上、横薙ぎには斬れない。大きな箱状の頭部の都合上、両断は難しい。
 本来であれば、ダンボール如きを斬れないわけがないのだが、キャロルの妙技により生み出されたげんりゅうさいに常識は通用しない。また、源柳斎もその絡繰に気づいたとて不正などとは思わない。絡繰が関わろうと、それごと斬れずしてなにが月柳流か。
 斬るのだ。
 斬って、斬るのだ。
 だが、斬るという意思は源柳斎を元としたげんりゅうさいも同じ。否、むしろ源柳斎と相対するためだけに生み出されたげんりゅうさいこそ斬るという概念そのものと言えた。
 だからこそ、源柳斎はげんりゅうさいを斬らねばならぬ。
 刀は斬るのだ。
 斬られてはならない。
 げんりゅうさいの剣閃を柳の如くかわし、合間に斬り込むもげんりゅうさいとてかわす。ひらり、ひらり、煌めく鋼、舞闘はやまない。
 斬っても斬れぬ、己とは未来永劫続く腐れ縁とでもいうのだろうか。乗り越えることも、斬り倒すことも叶わず肩を組んでともに歩く他ないのだろうか。斬るための場を設けられたにも関わらず出したのがそんな結論であるならば、源柳斎には認められない。断じて認めてなるものか。
 たとえ、届かなかった鋒であろうとも、全てに斬るという意思を乗せて源柳斎は鋼を振るう。

「おっと、残り一分なのだよ……別に今日でなくてもいいのではないかね? 我輩、卿のためなら幾らでも時間も気も融通しようではないか。明日に日を改め……」
「キャロルちゃん、少し黙れ」
「おや」

 独特の節と抑揚をつけたキャロルの言葉を遮り、源柳斎は鋼を正眼に構える。
 日を改める気などない。それを良しとすることはつまり「今日は『斬れなかった』から明日斬ろう」ということだ。斬れなかったと認めることだ。斬れないと諦めることだ。
「斬れなかった」という結果が残るよりも「斬れない」と諦めることを源柳斎は容認できない。
 斬れなければ斬れるまで斬る。
 諦めるという言葉は既に、自身の辞書から塗り潰した。

(斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る……)

 残り時間は数十秒、迫り来るげんりゅうさいの鋼を風に流れる柳のようにゆらり、と跳んでかわす。ささやかな距離は一瞬で詰められるだろう。

(斬る、斬り、斬れ、斬らる、斬りれ……)

 指先が凍る、手が冷える、腕が、肩が、頭がしんと冷めていく。

「ほう……?」

 この冷たさを源柳斎は知っている。身近過ぎて改めて感じることが久しく感じるほどに、この冷たい熱は源柳斎とともに在った。
 鋼の熱だ。
 凍えた刃だ。
 斬られて感じる熱とは違う、刀そのものの熱。
 ひく、と源柳斎の喉が鳴る。
 げんりゅうさいが腰低く突進してくる。対する源柳斎はいつの間にか大上段に鋼を構えていた。一瞬の差でげんりゅうさいに上下両断されるかもしれない。
 その可能性、未来を、げんりゅうさいという過去を……

「――斬れる」

 まるで、澄み切った氷で創りだした鐘が鳴るかのような音色。告げたのは終わりか、はたまた始まりの産声か。
 げんりゅうさい、一刀両断。
 本来、刃渡りからして届くはずのない場所にまで及んだ斬撃は、正しく月の冴えを魅せた。
 額部分に貼られた札ごと左右へ倒れ伏すげんりゅうさいは、はらはらと先端から紅梅の花びらとなって風に舞い上がる。その全てが青空へと消え往くのを見届けて、源柳斎は刃を鞘へ収めた。

「ああ……私は弱き己を絶ち斬ったのか」

 ほんの少しの寂寥感、戻れる後ろの無くなった喪失感、進むしかなくなったが故の覚悟。湧き上がる思いに胸が熱い。斬ったはずなのに、まるで斬られたかのようだ。

「だが、この熱こそが愛おしいのだ」

 胸を指先でなぞり、源柳斎はぐっと拳を握った。



「あ、あ、あぁ……っ」

 キャロルは頬を両手で包んで朱に染まった顔を隠す。切れ長の目は歓喜を超えていっそ情欲に染まり、堪え切れぬと漏れる吐息は艶かしく濡れた。
 類稀な才能を持っていると確信し、その才能に関わりたいと、行く末の一端でも見たいと思っての今日だったが、源柳斎はキャロルの想像を超えた。
 深い瞑想に沈むも、その中で練り上げられた気の存在など欠片も知らなかった少年とも言える歳の青年が、ただ「斬る」という一心のために触れた。
 堪らない、興奮し過ぎて股ぐらがぐちゃぐちゃになる。
 キャロルが喘ぐ間にも時間は迫り、青い空、紅い花びらから色が抜けていく。

「ふ、ふ、うふっ、ふふふ! ああ、時間……時間なのだよ。帰らねば、ん、ならない、な」

 まるで酔っ払ってしまったかのようなふわふわとした心地のまま、キャロルは紅梅から飛び降りる。翻った白衣や衣装からガーターベルトでレースのストッキングを吊った脚がむき出しになるが、キャロルも目撃した源柳斎も顔色を変えない。

「キャロルちゃん……」
「ふふふ、いいのだよ、何も言うべきではない。今日という日は言葉ではとても言い尽くせない、そうだろう? ならば、卿はただ誇るだけでいい。我輩は悦ぶ、それだけなのだよ!」

 キャロルは唇を逆への字に吊り上げて、源柳斎の硬い手をとりぽつん、と佇む扉へと誘う。
 くぐってしまえば、そこはもうただの保健室であった。

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